児童文学に、<大切な>時間について考えさせられた朝の話。
今日は5時17分に起きた。
最近遅起きが続いていたので、とりあえず3日間は二度寝なし!と決めて2日目の朝。
自然と目覚められるようレースカーテンだけにしておいた窓を開ける。
新鮮な光と新鮮な空気。
まだ活動している人が少ない、朝独特の静けさ。
いつも以上にキラキラして見える景色をぼ〜っと眺めながら、
めいいっぱい伸びをして、体中にそれらを取り込む時間が好きだ。
まるで朝の世界を独り占めしているような気がして嬉しくなる。
(早起きしている人たちに対して謎の仲間意識が芽生えて嬉しくもなる笑)
二度寝も幸せだけれど、早起きの幸せも侮れない。
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昨日は、【いつもと違うことをしよう】をテーマに1日を過ごしてみた。
毎日テーマを意識して過ごしているわけではなくて、
「1日にテーマをつけたらダラダラと過ごさずに済むよ、」
という父のアドバイスを早速、実生活に取り入れてみた次第である。
うちの父は(だいたい)いつも正しい。
別に洗脳されているとかじゃなくて、尊敬しているからこそそう思える。
「だからと言って、ずうっと意識する必要もないんだよ。1日の中に1つ2つだけでもテーマに沿ったことができたら、それだけでもう良い1日になるから。」
と付け足してくれるあたりも、配慮が行き届いているなと感服する。
それで昨日は
朝5時半に目が覚めて、二度寝をせずに起きてみた。
どこにお出かけするわけでもないのに(実際は車で近くの大きな公園まで散歩に行ったけれど)いつもよりフェミニンな、初夏に似合う紺のワンピースに身を包んで、両親が起きるまでは自分の部屋で朝活を。
母の美顔スチーマーをこっそり借りて、贅沢な気分で朝読書をした。
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最近は、ミヒャエル・エンデの『モモ』を読み進めている。
小学生の頃に習い事の先生からいただいた本だけれど、読書嫌いな私にとっては到底太刀打ちできなかった児童書。この期間中に引っ張り出してきたものだ。
昨朝は、灰色の男たちが人間の<大切な>時間を奪い始める第6章を読み進めた。
彼らなりの時間の大切さを説き回っている灰色の男たちが、
とある床屋さんの時間、とりわけ、お客さんとおしゃべりする時間や、家族や恋人との時間、趣味の時間や寝る前に1日を振り返る時間を、<無駄な>時間として次から次へと計算していくシーン。
「人間が時間を節約すればするほど、生活は痩せ細っていくのです。」
で締めくくられるこの章は、朝の清々しい気持ちから一転、胸をざわつかさせた。
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心に残っている児童文学って、誰にでもあると思う。
少なくとも私と、私の周りの人はそういうものを持っている人が多い。
大人になるにつれて、how to本や長々と説明の書いてある本でインプットしたくなることも増えたけれど、それこそ、灰色の男たちの言う<無駄な>時間を節約した結果なのかもしれない。
「物語を自分なりに解釈して、そこから自分なりの学びを得る。」
心が何か感じ取った部分には、自分自身と向き合うためのヒントや、これからの人生を歩む上でのヒントが隠されていると思うから。
頭で物事を考えられるようになった今が(第2の)ベストタイミング。
だから、私は児童文学を読むのが好きだ。(専ら、世界観が好きだというのもある)
そういった<大切な>時間を見失わないでいたい。
このnoteにご縁のあったあなたも。子ども向けでしょ?と侮らず、
頭と、そして心をやわらかくして、是非。
(p.s. 自分の価値観でガチガチな土台で考えてしまうと、それはそれで危険だから、そこはまぁ、バランスよく行きましょうよということで。)
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昨日の【いつもと違う】1日を残そうと思っていたけれど、例によってあちこち自由に書いていしまったので、詳しいことは朝活の時間だけに止めておきます。
読書後は、両親のために朝ごはんを作って、久しぶりに運転して、ペットのわんこと一緒にバラ園を散歩して、『君の膵臓をたべたい』を独りで観て、お昼寝して、夜は少し勉強して。いつものように恋人と電話して眠りにつきました。
テーマに沿って、身近な人にいつもより温かく接しようと心がけていたのは内緒。
父の言う通り、ちょっぴり良い1日になった。
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「時間とは、生きるということ、そのものだからです。そして人のいのちは心を住処としているからです。」
ああ、大切なことって常に「心」と関係している様な気がするなぁ、
〜今日はここまで。読んでくださってありがとうございました〜