だからわたしは不倫の道に走る子を嫌いになれない
はじめに言っておきたいのだけど、不倫を推奨・肯定したい訳ではない。
ただ、ただただ不倫ものホリックなだけなので、日々不倫ものの話ばかりしていることは許してほしい。インスタを見てくれている人なら、この前置きにももう慣れているかもしれないけれど。笑
不倫ものが好きな理由としてはいろいろあるけれど、その辺は前にも話したことがる気がするので一旦置いておいて…
「不倫」とひとえに言っても、大きく2つのキャラがあって、ひとつめは“夫がありながら別の人との恋をするタイプ”、ふたつめは“独身の身で妻のいる人と恋をするタイプ”。
どちらの立場であったとしても、不倫という、別に誰も好き好んで選び取りたくはないその恋路を選ぶ、選ばざるを得ない女性キャラが、どんなお話でも大抵どうしようもなく好きなのです。
LUMINE広告で有名な尾形真理子さんの、7年ぶり2作目の新作。
「隣人の愛を知れ」/ 幻冬舎文庫
もうこんなの、みんな待ってたじゃん。みんな好きじゃん。と、この前情報だけで思ってしまうような、待望中の待望の一冊。
ちなみに、まったくの余談だけど、尾形真理子さんのコピーの中でどれが好きかという議題で座談会やりたい。女の子数人集まれば、これだけで一生話していられる。
人生でいちばん好きな人となら、幸せになれますか?
という帯からも推測できるとおり、3組の夫婦と6人の女が繰り広げる、「不倫」にまつわるあれこれのお話。
比較的、「される側」の主張が多めな中で、自ら不倫の道を歩んでしまうキャラとして一番印象的なのが、知歌かなと思う。
(知歌って変換するとき、知る+歌 と打って変換するのがなんか嬉しい)
当然ながら不倫を良しとしないこの世界で、人一倍「不倫」という行為に嫌悪感や否定の感情を抱かずにはいられないであろう環境で育った彼女が、行く末のない不倫の道を選んでしまうのは、もう堪らなくわたしの好みど真ん中。奥さんとの離婚を迫ったりする、目標地点のある不倫は、コンテンツとしては個人的にあんまり好みではない。だれも幸せになれないからいいのよ。
わたしの中では知歌が好きなキャラになったというのは、もうこのくらいでいいかなと思うのだけど、この本がさらにいいのは、尾形真理子さんやっぱり最高だなと思うのは、「される側」をも魅力的に描き切るところ。
青子はもちろんだけど、「原因は絶対にわたしであってほしい」という言葉も痺れたよね。大好きだわこの子って思った。
「する側」の彼女を好きになっちゃうのはいつものことで、でもこれは「される側」の彼女たちすらも好きにさせる最強の一冊。それなのに、それでもなお、やっぱり「される側」の彼女たちが知歌をわたしの中で越えられなかったのは、どうしてなんだろうって考えた。
考えて、読み返して、書き留めた言葉たちを振り返って、考えながら日々を生きて、思った。
ーーーわたしは、たぶん、自己肯定感が自己評価につながらない子が好きなんだ。
知歌もそう、わたしの代名詞(自称)である Red/島本理生 の塔子もそう。そして、わたしもそう。
知歌だって、可愛い系ではないのかもしれないけど、綺麗系という路線ではルックスもおそらく平均以上だと思うし、頭も稼ぎもよくて仕事もできる。塔子だって、誰しも振り返る美人というわけではないかもしれないけれど、鞍田さんや小高くんの言うところによれば綺麗でスタイルもいいし、可愛い娘がいて、仕事もできる。
かつ、知歌も塔子も偶然持って生まれたものがよかったみたいなガチャではなくて、よく見せるため、よくあり続けるためにちゃんと努力してるし、それは勉強や仕事の話でもそう。
たぶん、二人とも自分のことや自分の歩んでいる人生を嫌っていないし、特別に自己否定が強いわけでもないし、もっと自分を評価してあげていい点はたくさんあるのに、自己肯定感が自己評価に繋がらない。
自分で自分のことを評価してあげられない。
他人に評価してもらわないと、自分の価値を認めてあげられない。
こう書くと、自分の価値を認めるために人の夫を利用するなんて、夫がいるのに身勝手な行動をするなんて、と思うかもしれないけど、自分のことで考えるとその気持ちはすごくわかるし、自分で自分の価値を認めてあげるってなんて難しいことなんだろうと思う。
わたしだって、大学在学中に娘を産んだり、20代前半で結婚と離婚を経験したり、その相手とは今も普通に仲良かったり、よくわからない人生だけど、ちゃんと働いて自分と娘を心身ともに健康に養えていることは偉いと思う。30を超えるシャドウパレット、20を超えるマスカラたち、40を超えるネイルの中から毎日予定やコーデに合わせて組み立てたメイクは可愛いと思う。仕事と家事と育児しながら、本を読んだり美術館に行ったり映画を観たり推しを愛でたりして、ちゃんと自分で自分の機嫌を取れてて偉いし、本当にわたしの一日は24時間かとも思う。
それでも、よくわからない人生を選んだのは自分なわけだからやって当たり前だし、可愛いのはわたしじゃなくてメイクだし、自分の機嫌をとれるのも大人なんだから当たり前。そう思うの毎日。
会社の同僚に時間の使い方どうなってるの?と言われても、取引先にメイクを褒めてもらえても、趣味を共有している知人に貪欲な行動力を褒められても、わたしにとっては全然どれも大したことなくて、自分のためにやってるだけで当たり前のことなの。
そう思ってしまってると、結局自分にとっての当たり前を繰り出しているだけの自分を誰かが好きになってくれないと、そういうところを好きと誰かが言ってくれないと、自分で自分に価値なんて見つけられないの。そして、その“誰か”はわたしを好きになることに障壁があればあるほどいい。
きっと、知歌もそうなんだろなと思ったし、自分で自分の人生をハードモードにしちゃう女たちがわたしは大好きだし、たぶんそういう子たちって不倫とかに走る傾向にありがち(笑)
「する側」の女の子を好きになるのはもう日常なので、「される側」の女の子を好きにさせてくれたことで、どうしてこんなに「する側」に惹かれちゃうんだろうって考えることができて、読み終わった後もずっと楽しかったな!
あと、「試着室で思い出したら本気の恋だと思う」もだけど、尾形真理子さんが描く女の子たちは都内歩いてたら会える気がするの。道玄坂歩いてたら、メイコがジェラート食べてる気がするし、朝のホテルから出てくる人がいれば久美な気がする。マンションから出てくる夫婦を見たらひかりかと思うし、ジュエリーショップのあの店員さんがAKANEかなと思う。
「等身大の彼女たち」と言ってしまえばそれまでなんだけど、そんなところも素敵なコピーや言葉選びと併せて、尾形真理子さんが支持される理由なんだろうなという気がする。