荒波

本が好きだ。いや、むしろその存在に憑りつかれていると言ったほうが正確かもしれない。書店で本を手に取ると、紙の香りが漂って、うっとりするあまり、まるで新しい恋人を迎え入れる気分になるのだ。びっしりと並ぶ活字の群れは私にささやきかけるようで、背筋をゾクゾクさせる。でも、いざページを開き、読み始めようとすると…文字が波打ちはじめる。そう、まるで私に読まれることに抵抗しているかのように。

「落ち着け、自分」と言い聞かせて深呼吸してみても、文字たちはいっそう活発に踊りだし、私を突き放す。まるで「本気で読めると思った?甘いわね」と言わんばかりに。その波打つ活字の中で、もがいては溺れ、助けを求めても、だれも浮き輪を投げてくれない。たとえるなら、文字たちは私に「読書は楽しみじゃなくて試練ですけど?」と教えてくれているかのようだ。

作家を目指すなら多くの本を読め、と言われるけれど、そもそも本と私の関係は少しばかり複雑で、向こうが「どうぞ、読んでみなさいよ」と気軽に招いてくれるわけではないのだ。本を開けば活字の洪水が押し寄せ、私はまるで素人サーファーのように波にもてあそばれるだけ。文字の海に飛び込むたびに、どこかのボートから「そろそろ溺れる頃かな?」と眺められている気がしてくる。

それでも、書きたいという奇妙な熱がある。自分がこれほど文字に嫌われているのに、書くことだけは裏切られない。そうして毎日、小さなブログという救命ボートにしがみつき、文字の荒波にひたすら挑む。「何をそんなに熱心に掬い上げてるんだい」と文字の海に笑われても、構わない。読書には毎度苦戦するけれど、この戦いの中で見つけた言葉たちは、なぜか自分にだけ微笑んでくれているような気がするのだから。

いわば、読書は私にとって壮大なスポーツみたいなものだ。毎度、文字の海に溺れては「次こそは!」と立ち上がり、また飲み込まれる。それでもめげない自分を、ちょっとだけ褒めてあげたくなる。そして、今日もまた新しい本を手に取り、「さあ、私を倒してみなさい」と活字に挑むのだ。

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