#3 大谷翔平と「同じ側」に立つことで不快を感じた村上宗隆 ―人間変容のメカニズム③―

前回、人が変わるための必要条件である偶発的衝突の可能性を高めるための方法、「偶発的衝突が起こりそうなところに行く」こと、「偶発的衝突の萌芽を掴む」ことについて、理論上はどのようなことかを確認した。今回は、その理論が現象としてあらわれたエピソードを確認したい。


2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝した野球日本代表のダルビッシュ有選手が、元プロ野球選手の高木豊さんのYouTubeで、WBCについてのエピソードを話している。その中で取り上げられていたのが、村上宗隆選手が大谷翔平に対して怒っていたエピソードだ。

愛知・ナゴヤドームで行われた「WBC」の壮行・強化試合での大谷翔平のバッティング練習時を振り返っていく。
このバッティング練習で大谷が外野最上段に届く打球を連発したことが話題になったが、ダルビッシュは「その時、他の選手たちは『おお! すげえ!』ってなってるわけですよ。でも、村上くんの表情をずっと見ていたら、一人だけ『は~』じゃないんですよ。怒ってるんですよ」と回顧。
(中略)
そして「村上くんは56本で三冠王を獲って、まだその気持ちがあるのは僕はすごくいいなと思った」と言い、「そこから僕にサプリメントのこと聞いて」「トレーニングも今は普通のストレッチ系がメインで、身体の枠は大きいけど筋肉はガチっとしてない感じなんです。トレーニングとかも『大谷さん、何をやってるんですか?』って」と、村上が積極的にアドバイスを求めてきたことも告白。
その上で「その気持ちを三冠王が持っていて、これから若い三冠王が新しいことにどんどん挑戦していくとなると、みんな見てるから。村上くんがみんなを引っ張っていくんじゃないかなと思ってます」と期待を寄せていた。

マイナビニュース「ダルビッシュ、村上宗隆のさらなる進化を確信した瞬間「一人だけ怒ってるんです」」(2023.03.18)
https://news.mynavi.jp/article/20230318-2628994/

これが、まさに「偶発的衝突が起こりそうなところに行く」こと、「偶発的衝突の萌芽を掴む」ことだ。まず、村上選手は、他の選手が大谷選手のことを自分たちとは違う側に置いている中、大谷選手を同じ側に置くことで、「偶発的衝突が起こりそうなところに行く」ことができている。そして、大谷選手のバッティング練習という村上選手にとって自身との差を見せつけられる不快な現象を拒絶していない。他の選手同様、大谷選手を違う側に置き直して仕方ないと諦めることをせず、不快を受け入れており、完全に「偶発的衝突の萌芽を掴む」ことができている。このことで、村上選手は完全に決意を新たにしており、サプリメントやトレーニングの見直しといった、自分が変わるための取り組みを探り始めている。

これはトップアスリートの話で、一般人にはあてはまらない、と思うかもしれない。ただ、そう考えること自体が、彼ら・彼女らをあちら側に置いて、自らを安心する領域に定置しているということだ。


人が変わるためには決意が必要であり、決意には偶発的衝突が必要である。偶発的衝突は、自ら起こすことはできないが、「偶発的衝突が起こりそうなところに行く」こと、「偶発的衝突の萌芽を掴む」ことはできる。「偶発的衝突が起こりそうなところに行く」とは、自らの過去の連続ではない場所にいくことで、もしくは見慣れた場所で非連続的な見方をすることで実現できる。「偶発的衝突の萌芽を掴む」とは、不快さに相対し、拒絶するか、受け入れるかの選択肢が現れたとき、その不快さを受け入れることである。

ここまでで、人が変わろうと決意するために、どのような取り組みが必要かをみてきた。決意した後は、実際に変わるための行動をすることになる。行動については、決意から間髪おかず、小さく・不可逆な行動をすることが重要になる

小さく、の部分については敢えてふれる必要もないかもしれないが、小さいことでその行動に着手しやすくなる。では、不可逆的とは何か。それは、自分の身の回りの配置が変わってしまい、その行動をやめたとしても元の状態には戻らないようにすることである。謂わば、小さな背水の陣をしくのである。例えば、そのひとつの手段となるのが他人に宣言することである。例えば、3か月で10kgのダイエットをすることは、もしダイエットに失敗した場合に他人から「ダイエットに失敗した人」として見られるようになる。つまり、宣言した時点で不可逆的な状況に入っている。また、冷蔵庫を捨ててしまうなど、物理的に不可逆な状況にするというのも手である。


いろいろな記事等で、「変わりたいなら行動しなければならない」というテキストをよく目にする。しかし、実際のところ、行動に移す以前の問題で、本当に心の底から変わりたいと決意できている人自体が少ないのではないか。転職したいと思ってはいるが、リスクをとって本当に転職していいのかわからない。グッドシェイプになりたいと思ってはいるが、そこまで苦しい思いをして運動はしたくない。そのような決意し切れなさは、多くの人が抱えていると想定する。

これまでみてきた通り、人間は偶発的衝突がなければ決意しない。行動しろというのは簡単であるが、そのためにはそう決意しなければならないし、そう決意させるような偶発的衝突が必要である。その偶発的衝突を、コントロールすることはできないが、ものの見方を変えたり不快を感じた時に受け入れたりすることで引き起こすことができたならば、未来の自分は過去の自分を外挿したものではなくなるかもしれない

(終わり)

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