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1杯のカフェラテ

 その店員はグラス半分に入ったミルクの上に淹れたてのエスプレッソをゆっくりと注ぐ。
氷がゆっくりと溶け出しミルクとエスプレッソが複雑なペイズリー柄のように絡まりあって、一つの液体がつくられていく。

 わたしはその当たり前かつ、不思議な様をぼーっと眺めていた。
 すかさず隣の彼が待ちきれない様子で、突き刺された透明のプラスチックストローでくるりとかき混ぜた。思ったより早く撹拌された液体は一つの液体のようでいて、異なる3種類の液体が混じり合った3つの液体だ。

 金曜日の昼下がり、お昼休み明けの私はパソコンを開いてそれを知った。驚いた。
それと同時に君に降った現実の厳しさと、君が今それをどのように受け止め、どのように進もうとしているのか強く知りたがっている自分を実感した。薄まらないために抜いたはずの氷が一つ沈んでいて、そっと溶け出すみたいにあの時の感情が甦った。
 今さら元気かどうか、なんて野暮なメッセージを送ることはできないし、間違い電話を装って君の声を確かめることももうできない。
 元気でいてくれればいいんだよ、なんて相手と会えないと分かっている人が自分をなだめる言葉でしかないことを知る。

 今朝、電車の4つの席が向かい合ったボックスの一番窓側に座っていた。途中の駅でシャキリとして刺繍の入ったキャメル色のブラウスに身を包むおしゃれなおばあさんが近くに立った。いつもならすぐに立って座りますか、と声をかけるのだが、自分の眠気と疲労やおばあさんの若々しいオーラに甘えて声を出すことができなかった。

 こんなとき、思い出すのは決まって君のことだ。
 道端に落ちたハンカチを拾って届けようとする君、空調の効いた車で寒くないかと何度も聞いてくる君、お腹がいっぱいなことを察して多めにパンケーキを食べてくれる君、
たくさんの君の姿が私には浮かんでくる。

そして私は私に問いかける、
「こんなとき、君だったらどうするんだろう。」

撹拌されたエスプレッソとミルクは
「カフェラテ」になって、暗がりに吊るされたオレンジ色のライトの元に着いた。
まだ蒸し暑い公園と路地を歩いた私たちの喉は渇いていて、カフェラテはあっさり彼の口へと運ばれた。おいしい、と満面の笑みを浮かべる。私もすかさずおいしいね、と返す。

 彼と君の優しさの種類は似ていて、わりと同じ系統の色をしている。流れる時間は穏やかで一緒にいることがとても自然に感じる。別れた後は少し寂しい。
もしかしたら私たちは1杯のカフェラテなのかな、なんて考えながら氷の行方をそっと見守っていたいと思った。






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