【短編小説】許されないこと【会話劇】
「おはようございます」
「おう、おはよう」
「えぇ! 先生また車買い替えたんすか? あんま金使うの不味くねぇっすか」
「声がでけぇ。別にいいだろ車くらい。需要と供給ってもんがあんだろ。売りてぇ奴がいるから俺が買う。俺は買えるだけの金を持ってる。何が問題なんだよ」
「いやでも結構な金っすよ。あんまりばしばし使われると困るっていうか」
「どうせお前の懐に入る金じゃねーだろ。好きに使ったっていいだろうが」
「まぁそうなんすけど……この前ちょっと幹部連中の家が燃やされたらしくて色々ピリピリしてんすよ。ちょっと大人しくしててほしいっつーか」
「そりゃお前は遊んでるわけにもいかねーんだろうけどよ。俺がどうこう出来る問題でもねーんだし、俺が俺の金使って遊んでて何か問題があるかよ」
「いやそりゃそうなんすけどね。俺の身にもなってくださいよ。先生にあんまり派手にやられちゃうと色々やり辛いっつーか、いやこれで給料もらってるんであんま文句言えねぇっすけど……」
「誤魔化しがきかねぇか」
「まぁそういう事っす。人殺して稼いだ金で車乗り換えて遊び回って……ちょっとは自重してほしいんすよ。こっちは、潜入捜査中だけど証拠がつかめねぇって感じで何とか先延ばしにしてるんですから」
「知らねぇよ。そっちの事情はどうでもいいんだよ。俺はクソどもを殺して金を稼ぐ。それをばら撒いて経済を回す。悪い事じゃねーだろ」
「いや殺してる時点でどう足掻いても悪い事なんすけどね。一応法治国家ってことで通ってるんで」
「法治国家でこんな仕事が出来てる時点で終わってるじゃねーか」
「いやまぁそうなんですけど。俺の立場をわかってくださいって話ですよ。先生が悪いやつを殺してくれんのは正直助かってるんすよ。俺たちの力が及ばないような連中はワッパかけても直ぐ出てきちまう。それどころかこっちが報復で消されちまうかもしれねぇ。でも先生が殺してくれるから、そういう怖さとは無縁になりましたよ。社会もどんどん綺麗になってますよ。でもね、先生。最近お疲れでしょ? ぶっちゃけもうやめたいなとか思ってるでしょ? 困るんすよ。明らかにやる気ないじゃないですか。自暴自棄っつーか。何ですかこの前の診断書。なんで死因に『殺虫剤吸い込みすぎ』とか書いてんすか。雑過ぎじゃないっすか?」
「いやお前、虫を、殺す、薬剤だぜ? 虫殺せるなら人間だって殺せるだろ」
「いやそうなんですか? まぁそれはそうなのかもしれないっすけど、けどね、って話です。どこのヤクザの組長が、自宅に出たゴキブリにビビりまくって殺虫剤30本も使い切るんですか。どんな大群が出たんですか。なんで30本も備蓄してるんすか。なんでついでに若頭も死んでるんですか。あいつら虫だったんすか」
「ヤクザを社会の害虫とか言うやついるだろ。かけてみたんだよ」
「……」
「殺虫剤だけにな」
「うるせーな馬鹿なのか。いやすんません。けどそういうの求めてないんすよ。先生の事知ってるのはこっちでも極一部なんです。でも事務処理しなきゃならねぇってんで書類作るんすよ。俺が。俺がですよ。俺の上司知ってますよね? あの人先生の件から外されてんすよ。真面目過ぎるってんで、こういう必要悪? とかそういうの直ぐバラしちゃうだろうからって。一人でも謝罪会見とか開いちゃうからって。馬鹿が付くぐらい真面目な人なんすよ。とことん実直なんです」
「そんな奴だからクソみたいな書類でも信じ込ませられるんだろ」
「いや、そう……なんですけど……それにしたってハラハラするじゃないですか。こっちは全部分かったうえで偽の証拠とか作ってんすよ。でも先生が協力してくれないから、証拠が全部そっち寄りなわけじゃないですか」
「そっちって?」
「殺虫剤だよ! 明らかに銃創がある仏さんを前に、殺虫剤で亡くなったみたいです……ってどういう状況だよ! なんて説明すればいいんすか」
「だから説明は全部書いておいただろ」
「その説明がクソだっつってんだろ! 殺虫剤はもういいですよ。わかりました。死ぬ可能性あるんですもんね。最悪そういう状況になるかもしれないです。でもその前の案件の『風邪』ってなんですか? いや風邪も馬鹿にできないってのはわかってるんすよ。最悪死んじゃうことだってありますよね。でも直接の死因に風邪って普通書かないでしょ? なんかこう、それっぽいちゃんとした病名とかあるんじゃないですか? こっちも信用商売なんですよ。もっと真面目にやってくれって言ったじゃないですか。そしたら先生、風邪をぐちゃぐちゃって消して、『じゃあインフルエンザ」って赤ペンで書きましたよね? 『じゃあ』ってお前……っ‼ じゃあって……書くなよ‼」
「それっぽくしようとした努力を評価してもらいたいね」
「インフルエンザはそれっぽくねlんだよ! 死んだのあんたのところの院長だろうが! なんで最高峰の医療知識もあって人脈もコネも汚ねーことも何もかも持ってる人がインフルエンザで死ぬんだよ!」
「インフルこえーよ?」
「わかってるよ‼ でもっ…………なんか……腑に落ちねーっていうか……もっとこう……」
「それっぽいのが欲しかったの?」
「分かってるなら頼みますよ!」
「じゃあ流行性感冒で」
「それインフルエンザぁ‼」
「インフルのことだけ指した言葉じゃねーよ」
「どうでもいいよ! ちょっともう真面目にやってくださいよ! 頼みますよ本当に。上にバレたら俺の立場ヤバいんですから。まぁそうなったらもっと上が何とかしてくれると思いますけど……あんまりふざけてると俺もリストに入っちゃうじゃないですか。知りすぎてるんですから。だから先生、あんまり派手に金使ったり、身の丈に合わない贅沢はやめてほしいんすよ」
「……なぁ、そのリスト見せてくれよ」
「いや、え、ダメっすよこれは……」
「俺、入ってんだろ?」
「……」
「いいよもう。わかってんだ。こういう役はいつか切り捨てられる。使えようが使えなかろうが、生殺与奪は上のご機嫌次第だもんな」
「……酷いっすよ。先生がもうちょっと真面目にやってくれてりゃ……」
「使えようが、使えなかろうが、だ。関係ねーんだ。俺がどれだけ組織に貢献しても絶対裏切らない保証はねーし、同じ奴がずっと同じ仕事してりゃ、そりゃ精度も上がるんだろうが、いつかはミスもする。そういう細かいところを突っついてよ……頑張ってきたんだけどな……ごめんな。お前を、こんな組織に置いてけぼりにしちまって……引き金……引かせちまって……」
「俺のことはいいんすよ。それより先生、逃げられねーんですか。なんとか死体用意して、いつもみたいに診断書出して、普通に処理すればいけそうじゃないっすか? あれ? 結構簡単そうじゃないっすか。やれる気がしてきちゃいましたよ!」
「やめろ。……もういいんだよ。俺は今まで散々殺してきた。なのに自分が殺される側になったらケツ捲って逃げようなんて筋が通らねぇだろ」
「でも……だって、だってよぉ……先生ぇ……なんで先生が死ななきゃならねーんですか、ちょっとふざけたところはありますけど、死ななきゃならねーような、そんなひでぇことしてないじゃ……」
「俺なんだよ」
「……何がっすか」
「ちょっとした事故が重なっちまってな……。車買ってよ。嬉しくってドライブして、酒あおりまくってよ」
「飲酒運転……」
「ドンキとか寄っちゃってよ。今すげーのな。何でもあったわ。こんなさみーのに花火なんて売っててよ……」
「……」
「冬空の下で花火ってのもまぁ綺麗でな。すげぇ粋なことしてんなぁって。俺も大人になったんだなぁとかよ、何か考えちゃってよ。花火っていいもんだなって思ってたらよ」
「…………」
「組長の家、燃えててよ……」
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