曰く

ねこに顔を踏まれるのが好き。短編小説を主に投稿しています。爬虫類のお腹の感触が好き。も…

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ねこに顔を踏まれるのが好き。短編小説を主に投稿しています。爬虫類のお腹の感触が好き。もう少し生きたいと思えるようになりました。妻→ https://note.com/medaka_shirosaki

最近の記事

【短編小説】火のないところに

「書き終わるまで絶対にここから出しませんから」  いつになく強い口調で、田中が吐き捨てた。確かに最近の私の仕事ぶりは褒められたものではない。締め切りを破り、打ち合わせをバックレ、携帯を解約して、玄関のドアベルの配線を切った。原稿は一枚も書いていない。  仕事をしたくないからと、このような強硬手段に出たわけではない。私とてできることなら仕事などさっさと終わらせて、心穏やかに余暇を過ごしたいと思っている。しかし書かなかった。書けないのではなく、書かなかったのだ。  無理矢理に

    • 【ショートショート】全力で推したいダジャレ(同音異義語遊び)

      寝台車が役目を終え、開放された。 それは革新的な物だった。 とても良い機械に思える……だが、個人的には心残りもある。 恐慌中の普及が仇となり、ろくに振興しないままオペが打ち切られてしまった。 とうに警鐘が響いていたのだと、どうにもならなかったのだと定款を受け入れ、私は辞任することになった。 非常な障害だった。鑑賞の暇さえ与えられなかった。 最後まで異議をと臨んでいたが、届いてはくれなかった。 私は行く。役目を終えた塊を背にして。 死んだ医者が役目を終え、解放された。 それは

      • 【短編小説】警察屋さんの詐欺師

         うらぶれた、いかにもな路地裏にその建物はあった。夕暮れ。薄闇が巣を成して群れていそうな路地は、足を踏み入れるのに勇気が要った。この路地に入ってからは誰ともすれ違っていないが、男は一応辺りを見渡して、誰にも見られていないことを確認した。  雑居ビルの二階にある、錆びと埃の中でただ朽ちるのを待つだけに見えるドアを半信半疑でノックする。三回、間を開けて五回。音は思いのほかよく響いた。団地にあるような、金属製だが中身は空洞な玄関扉。訪れる客人を決して歓迎しない歪(ひず)んだ拍動の

        • 【ショートショート】立方体の思い出

          「記念日にちょっと豪華な食事を作ろうよ」  微笑ましい提案を受け、並んで洒落た料理本のページを繰る。  目を引かれたのは、ウニと、コンソメを溶かし固めた透明なゼリーをあしらった、人参のギモーヴだった。ギモーヴとはマシュマロのようなものだ。写真の中のそれは、小さな四角形に成形されている。まるで子供向けのアクセサリーをそのままお皿に盛り付けたようだった。心をくすぐられた私たちは、これをメニューに加えることに決めた。  作り方は簡単だった。溶かしたゼラチンと一緒に卵白を立て、す

        【短編小説】火のないところに

        • 【ショートショート】全力で推したいダジャレ(同音異義語遊び)

        • 【短編小説】警察屋さんの詐欺師

        • 【ショートショート】立方体の思い出

          【短編小説】問題の多い報告書

           宇宙は観察対象である。観察期間は延べ3カ月に達しようとしているが、宇宙と書いてソラと読ませることを最近知った。紛らわしいので、以後ソラと表記する。  ソラを観察対象に選んだのは、言わずもがな私ことエージェント〇〇(書類上に名前が残るのはよろしくないので伏せさせていただきました。誤表記ではありません!)だ。選定理由を記載しろとのことだが、実のところ特別な理由はない。強いて挙げるなら、健康そうで太っても痩せてもいなかったから、ちょうど良いと思ったのだ。  これだけを聞いて、真面

          【短編小説】問題の多い報告書

          【短編小説】真っ暗闇は理不尽の前触れ

           暗い。何も見えない。寒い。痛い?  ここはどこなのだろう。僕は何故こんなところにいるのだろう。  体が動かない。何かに貼り付いたように、筋繊維の一本一本までが固まってしまっているような感覚がある。だが本当のところはわからない。動けないし、見えない。  確か、いつものように仲間たちと食事に出かけて、それで――。  ダメだ。思い出せない。どうしたんだっけ。僕はどうなったんだっけ。仲間たちは無事なのだろうか。せめてそれだけでも解ればいいのだけど、陽の射さないこんな場所で、どうやっ

          【短編小説】真っ暗闇は理不尽の前触れ

          【短編小説】僕が鋼鉄だったなら

          「そんな、君が、零れて――」   「なんだね。急にどうしたんだい」    雑踏。夏の日差しは相変わらず容赦がない。横断歩道の真ん中で立ち止まった友人Aと、仕方なくそれに連なる僕。通行人A、Bから、突如、障害物A、Bにクラスチェンジした僕らを、あからさまに呪いながら通り過ぎていく通行人C以下の人々。    まったく失敬である。はたして僕は呪われるほどのことをしたのだろうか。たかが、横断歩道の真ん中で立ち止まっただけじゃないか。いやいや、しかし、よくよく考えてみれば、先ほど僕をこ

          【短編小説】僕が鋼鉄だったなら

          【短編小説】許されないこと【会話劇】

          「おはようございます」 「おう、おはよう」 「えぇ! 先生また車買い替えたんすか? あんま金使うの不味くねぇっすか」 「声がでけぇ。別にいいだろ車くらい。需要と供給ってもんがあんだろ。売りてぇ奴がいるから俺が買う。俺は買えるだけの金を持ってる。何が問題なんだよ」 「いやでも結構な金っすよ。あんまりばしばし使われると困るっていうか」 「どうせお前の懐に入る金じゃねーだろ。好きに使ったっていいだろうが」 「まぁそうなんすけど……この前ちょっと幹部連中の家が燃やされたら

          【短編小説】許されないこと【会話劇】

          【短編小説】自称高貴が問う

          「随分揺れるんだな」 「船が揺れるのは当然では? 怖いのですか」 「……」    感想を口にしただけで胆力の有無を測られたようだ。やはりこの船に乗っている者に紳士的な振る舞い――精神性を期待するのは間違っているらしい。彼らはきっとまともな人生を送ってはいないし、これからも送ることはないだろう。    見ればわかる、などと宣えば、昨今の世情的にNGなのは明白だ。「人を見た目だけで判断するなんて、とんだレイシストだ。糞を煮詰めたような野郎だ」などと罵倒されるに違いない。しかし落ち

          【短編小説】自称高貴が問う

          【短編小説】新月は見えている

           僕らにとっての祭囃子とは、大人たちがベルトを着けるときに、金属がこすれ合ってカチャカチャと鳴る、その音を指す。それは毎年この時期にだけ鳴ることがある。鳴らない年もあるが、鳴らない年はみんなとても悲しい顔で季節を見送るので、できれば鳴ってほしいし、できれば早めに鳴るといいとみんな思ってるし、できれば次は自分の番だといいなと思ってる。  祭囃子が鳴る条件はこうだ。夏で、天気が良くて、風がなくて、影が居なくて、新月であること。つまり毎年3回か、多くても4回くらいしかチャンスがな

          【短編小説】新月は見えている