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アイスティーの氷が溶ける頃【2000字のドラマ】


「アンタらさあ、マジで現実見な?」
また怒られた。

おしゃれなアフタヌーンティーセットの前に「推し」の写真やらグッズやらを並べ、必死に写真を撮っている私たち。それを見てゆきちゃんが向かいの席からピシャリと言い放つ。

「現実見てるよ。見てるから逃げてんの。」
と、私が真顔で返すと
「休みの日くらい二次元に居さてくれよ〜。」
と、里佳が小さな推しのぬいぐるみを鞄から取り出して言う。


私はもう何年もとある男性アイドルを応援している。最近グループが解散してしまい、もう「推し」個人の活動を見守るしかなくなってしまった。
里佳はアニメやゲームのキャラクターが好きで、熱しやすく冷めやすいため会うたびに推しが変わっている。今推しているのは、とある少年漫画の3番目くらいに人気のあるキャラクターらしい。


「いや、まずさ、存在しないじゃん。」
アフタヌーンティーセットの前に並べられた私たちの推しを指差して、またゆきちゃんがピシャリと言い放つ。
確かに、私の推しのような人は現実にいない。現実、というか、私たちが生きている範囲の現実には絶対に存在しない。

変に納得して頷きかけた私を遮るように里佳が
「え、居るよここに。」
と先程のぬいぐるみをゆきちゃんの目の前でひらひらさせる。
「アンタのが1番いないんだよ。」
と軽くぬいぐるみの頭を小突くゆきちゃん。
それを受けて、うわあ〜痛かったねえ、とぬいぐるみの頭を撫でる里佳。そんな里佳を見て、末期じゃん、とゆきちゃんがため息をつく。


私たちは高校生からの友達である。現在22歳。私と里佳は大学を卒業し現在社会人1年目。ゆきちゃんは大学院に進み、毎日自分の研究に没頭しているらしい。


アイスティーの氷がからんと鳴る。すると、里佳がその音に気付いて
「ごめん、もう食べよ!」
とぬいぐるみを片付け、いただきま〜す、とマカロンをひとつつまむ。
いつもそうだ。アイスティーの氷の音を合図に里佳が推しのグッズを片付け、私たちの現状報告会が始まる。

だいたい話していることはいつも同じ。
「毎日大学生に戻りたいなって、そればっかり考えてる。」
そう言いながら私が膨れっ面でケーキにフォークを刺すと
「わかる!社会人憂鬱すぎるよね〜。」
と、里佳も同じようにケーキにフォークを刺す。
社会人になってからこんな話ばかりだ。毎日しんどいだの、5日も働いて2日しか休みがないのがおかしいだの、そんなことばかりだ。

こんな話をしていると、決まってゆきちゃんが
「院にこればよかったのに。楽しいよ?」
と言う。ゆきちゃんにとっては研究が私たちでいう推しのようなものである。ゆきちゃんは、私も将来のこと考えなきゃな、と苦笑いするが、好きなことが明確にあって続けているだけでとてもすごい。社会人の私なんかよりずっと立派に見える。
「私たちが行っても学費無駄にするだけだし。」
と答えると、ゆきちゃんが
「ならその推し達のために働くしかないね。」
と笑いながら言うところまでがいつもの流れだ。
休みの日は大体こうやって集まって、喋るだけ喋って解散。そして、私と里佳は嫌だ嫌だと言いながらまた平日という現実に、ゆきちゃんは研究という夢の続きに戻っていくのだ。





今週も働いた。やっと待ちに待った金曜日だ。
カバンを床に投げ捨て、冷蔵庫からアイスティーを取り出し、コップに注いでテーブルに置く。

「そういや今日、生放送だっけ…」
毎日くたくたに疲れて忘れかけていたが、録画機のランプが光っているのを見て思い出した。テレビをつけてしばらくするとCMが明け、拍手の音と共に推しがテレビ画面いっぱいに映し出された。

どうやらCM前に司会者からトークを振られていたらしく、推しが喋り始めた。

「最近、よくSNSで可愛らしいケーキの写真の中に僕の写真とかグッズを紛れ込ませてる投稿を見かけるんですよ。」
そういや私もたまに里佳と一緒に撮ってるなあ、とこの前の現状報告会を思い出した。

「で、たまに僕の後輩の写真とか、アニメのキャラクターのグッズとかと一緒に写ってたりしてて。」
思わず、私と里佳じゃん、と独り言を言ってしまった。
「そういうの面白いなあと思って。僕のファンの方同士じゃなくて、他のファンの方との繋がりが見えて。」

アイスティーの氷がゆっくり溶けはじめる。

「へえ、僕のファンの人はこの方のファンの人と仲良いんだなって。写真見てそんなこと思いながら一人でお酒飲んでますね、最近は。」
ひな壇にいる芸人に、変な趣味見つけたな〜、やら、ファンの人そんなこと聞いて驚いてるんじゃない?とイジられる推し。それを聞いて
「ちゃんと見てますから。」
とニヤリと口角を上げて答えると、カメラの方を向いて画面の向こう側にいる私たちに優しく笑いかけ、いつもありがとうございます、と軽く頭を下げた。


ああ、ずるい。いつもこうやって溺れていくのだ。
彼は私たちを見ているし、私たちが彼を見ていることも全てわかっているのだ。


里佳は、二次元だと推しが話の中で死んじゃうことがあるから深追いしないようにしている、と言っていた。私もそれくらい軽い方が楽なのかもしれないと、特にグループが解散してからずっと思っていた。しかし、私にはもう真正面から素直に溺れることしかできない。私を現実から救い出し、生きがいとなってくれるのはもう彼しかいない。

頬が緩み、明日2人にこれ話そう、と独り言をこぼす。


アイスティーの氷がからんと鳴る。それを合図に私は氷が溶けていくように少しずつ現実から解放され夢の世界へ誘われていく。

推しの爽やかな声と優しい笑顔、そして推しがハマっていると言っていた茶葉のアイスティーの香りに包まれながら。

私は、今日も、貴方に溺れて息を止める。




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