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ひとり

バイトを終えて日付が変わると同時に玄関の鍵を開ける
誰もいない暗い散らかった部屋
淡々と靴を脱ぎ荷物を放り投げコンビニで買ったものを冷蔵庫に突っ込む

ご飯を食べてYouTubeを見てお風呂に入って寝る
それがいつものルーティン
一人は別に寂しくない

人は一人で生きていける
でも独りじゃ生きていけない
そういう話


先日は通院日だった
受付の看護師さんたちはいつも私のことを水和さんではなく水和ちゃんと呼んでくれる
患者の中で年齢が一際若いからだと思うが少し嬉しかったりする

なんとなく調子が悪かった
上手く言えないけれどずっと腕を切りたくて薬を飲みたい
勿論そこにはそんな行動を取りたくなる精神が存在している
毎年この時期は調子を崩すからそういうもんだと思いつつ落ち切るわけでもない調子の悪さは居心地が悪くてたまらない

この日は相談員さんと久しぶり話すことができた
一目見て息を飲んで「かわいい、、!」と言われたことは素直に嬉しかったが曖昧にニコニコすることしかできなかった
言いたい本音を飲み込むこと
飲み込んだことを隠すように笑うこと
目線は2歩先の床に落として他愛もない会話をする

そんなことが言いたいわけじゃないのに

相談員さんが私の元を離れて私は診察室に呼ばれた
ここでも他愛もない会話
学科の勉強が楽しい と言うと 変わってるねえ と毎回言われるが 医者という職の人に言われたくないな と毎回思う
今日元気ないね
そう言われて気づかれてるんだ と驚く
その通り
いつもならまっすぐ見て淡々と話すけれど今日は先程同様2歩先の床を見てぼそぼそと話すことしかできなかった
自分でもどうしていつものように振る舞えないのか分からなかった
ただその元気がどうしても湧かせられなかった

何も言えない
待合で涙を堪えてもどうしようもなかった

喉の奥に住んでいる寂しさを飼い慣らせない

飼い慣らせないくせに譲渡もできない

私は劣悪な環境で寂しさを飼っている

劣悪な環境で正しく育てるわけがない
人も感情も


劣悪な環境の中で暴れた寂しさが私から食欲を奪った私は固形物を受け付けなくなった


約10日後の診察で点滴を打った
一定のリズムで流れ落ちる点滴を見つめる
袖を捲った腕が冷たい

ここはいい
傷だらけの腕を差し出しても何も言われない
緊急連絡先が書けなくても怒られない
水和ちゃん、水和さんと見守ってくれる

手放すのが怖かった
少しでも良くなったら
「もう来なくていいですよ」
ってさよならされるんじゃないか
見捨てられて独りになるのが怖かった

どこにいても誰の何でもない私が大切にされるはずがない
口では簡単に唱えられるのにその現実を飲み込むことができなかった

人は一人でも生きていける
でも独りじゃ生きていけない

わかっていても自分だけはそんなヤワじゃないと思いたかった
例外でありたかった
自分が寂しいだなんて認めたくなかった
今だって口にはできない
みっともない

私はただひとりで生きていける強さが欲しかった

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