あの日の死にたがり少女
2022/11/23
私はケーキを食べた後、自室で薬を飲んで腕を切った
泣いていた
翌朝
いつも通り起きれて驚いた
足がもつれて転んだ
ODのせい?
朝から保健室に行くつもりだった
そこで昨夜のことを正直に打ち明けた
「あらあら切っちゃったのー」
「フラフラせんの?」
いつも通りの養護教諭の声に
「眠い」
と返す
いつもの通り傷の手当もしていない
その旨も伝えた
ベッドの上に座って露出させた傷だらけの腕
やめたいんじゃなかったのか、そんな約束をしたではないかと頭の声に涙が出てくる
「やめたい」
ぽつりとそう零した
養護教諭に
「何を?」
と聞かれた
何を?
何をやめたいんだろう
その問いを聞いた途端に訳がわからなくなってあれもこれもどれも辞めたくなって「全部」と答えた
H先生は静かに「生きることも?」と返した
あぁそうだ、死ねば全部辞められるじゃないか私は少しの躊躇いの後にこくりと頷いた
すると
「あかんよ、水和ちゃん。それはあかん」
と言われた
静かででも強かな凛とした声だった
絶望した私はよりいっそう大粒の涙を零した
この日はODのせいか記憶が全体的に朧気だ
なのに「あかんよ」と言った先生の声だけはしっかりと耳に残っている
腕を手水してもらってベッドに横になって私は深く物事を考えるより先に眠りについた
次に目を覚ましたのは2限目だったと思う
担任のK先生が会いに来てくれていた
具体的な会話内容は覚えていない
ただ「大人になりたくない」とやっぱり涙を流していた気がする
「お前今日誕生日ちゃうん?」という先生の無神経な一言にさらに泣いた気がする
先生が出ていったあとはまた眠った
自覚はなかったが微熱と頻脈が目立った
次に目を覚ましたのはお昼休みだった
部屋を出て養護教諭の下までいくと
「今ね、お昼休みだよ」
と言われた
「ご飯食べられそう?」
と聞かれ頷くと
「奥の部屋で食べておいで」
と言われた熱はあまり下がっていなかった
携帯を弄りながらご飯を食べた
お腹は空いていたものの食欲はなくて残してしまった
食べ終えて養護教諭の下に戻ると
「食べられた?」
と聞かれたから残したことを素直に告げた
「ベッド戻る?」
と言われたのでまた素直に頷いた
次は5限目終わりに目を覚ました
K先生がまた会いに来てくれていた
手作りのお菓子を渡す約束をしてる友達が何人もいた
「お菓子渡したい」「教室行きたい」
と言う言葉とは裏腹に私は泣き出した
結局、教室に行くことは断念した
放課後になって、お菓子渡したいからと言ってようやく教室に向かうことができた
放課後という時間に現れたというのに友人たちはすんなり受け入れてくれた
そして「誕生日おめでとう」と祝ってくれた
そしてそしてプレゼントも貰った
翌日、先生と話していると突然友人に腕を掴まれ廊下に連れ出された
何事かと思って見るとみんながお菓子を渡して祝ってくれた
昨日いなくてお祝いできなかった
だからおしまい
じゃなくて後日にと考えてくれたことが嬉しかった
この日の写真の私は心底幸せそうな顔をしている
十八歳
私は確かに死にたかった
大人になることが怖かった
卒業することがもっと怖かった
そんな私は二十歳になった
あの時止めてくれた養護教諭の声は薄れてしまった
あの時祝ってくれた友達とはかなり疎遠になった
でも本質は今も変わらないまま
大人になるのが怖い
見捨てられるのが怖い
大丈夫と言って手を離されることが死んでしまうことより遥かに怖い
最後の十代の日はアルバイトをしていた
バックヤードで明日が誕生日だという話になった
友人が
「二十歳なるまでに死にたかった」
と言った
「それな、死のうと思ってた」
と返した
淡々としたいつもの会話の一コマ
死にたい人は隣にもいた
0時は電車の中で迎えた
23:59から少しそわそわして携帯を見ていた
ついに二十歳になるんだ
誕生日の翌日は試験でレポートもあるし職業柄誕生日は稼ぎ時なので二十歳になるから死ぬとかそんなことを言えるほど暇ではなかった
何より人は簡単に死ねないことを私は知ってしまった
0:00
電車の揺れと共に迎えた
わっと一気に連絡が来て口元が緩んだ
駅に着いてコンビニに寄る
最近の私は食事をとことん拒んで栄養剤まで処方されているのに今だけは食品を見ることにわくわくした
コンビニの少し良いお惣菜をカゴに入れて、お酒も二缶入れてレジに行く
あわよくば年確されないかなと思っていたのにされなかった
温めたお惣菜を机に並べ缶を開ける
「二十歳おめでとう」
自分に初めておめでとうを言った
ご飯の後、アイスが食べたくなった
いつもなら我慢するけれど今日はそういう日じゃない
家も出たくない
ならば とUberEATSを開く
UberEATSを待っている間に、推しのライブの事後物販サイトを開く
二つ購入することにした
これが私のささやかな誕生日
誕生日を笑顔で迎えたのは何年ぶりだろう
あの時の死にたがりの少女はもういない
なんてことは言えない
今だって死にたいし腕は切りたいし薬は飲みたい
生きていくことに希望を持っているわけじゃない
生まれてきてよかった
なんて絶対に思わない
生きててよかったとも思ってない
死んでしまいたい日々がこれからも続いていく
それでも
誕生日おめでとう
一緒に飲みに行こう
いい一年になりますように
そう言って祝ってくれる人がいる
そんな世界は悪くないと思う
悪くないなら生きてみる
今はただそれだけ