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短編小説

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#小説

桜、落ちるとき

桜、落ちるとき

 私のことを『のの』と修一は呼ぶ。それは結婚してからも変わらなかった。
 ——おいで、のの。
 ——こっちだよ、のの。
 ——ののは何時までも変わらないね。
 私の旧姓が野々村だった頃から、修一の私の呼称は『のの』だった。野々村野乃というふざけた名前だったから『のの』と呼ばれることは自然だった。
 「のの、車に気を付けて。」
 私がぼんやりしていると、修一は背後を確認するように促した。車は私の右横

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離散(二)

離散(二)

 弓香の秘密は、望希にとっても絶対に、踏み込めない領域にあった。それに否定したくても否定できないものだった。
 なぜならその切欠は対外的なものだったし、その秘密には彼女の居場所を決定付けるものがあった。
 弓香は外国語大学への入学を取り止めていたのだ。そして移住まで決めてしまっていた。
 彼女が大学入学を取り止めたのは収入の都合だった。弓香は決して望希に告げなかったが、彼女の父親が高校三年の年末、

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離散(一)

離散(一)

 
 ——私の首を貴方は真綿で絞めます。それがディアスポラを生み出した最大の要因です。
 望希は壁の落書きをぼおっと眺めた。
それは極細の油性ペンのような筆跡だった。老朽化した学校の教室はペンキがはがれ所々綻んでいる。そのせいで文字は一部が欠けていた。
 きっとこれは六年前の豪雨の後のことが書かれたもので、この落書きをした人物はもうこの街にはいないのだろう。あれ以来この街から多くの移住者が出て、街

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崩落の積み木

崩落の積み木

 私が作った積み木の家を兄は何度も壊した。
 積み木が気に食わないんじゃない。作った家が気に食わないんじゃない。私が気に食わないのだ。
 私は家を壊されると、また積み木を組み上げて、別の形の家を作った。すると態とらしく兄はその上を歩いて全部台無しにされた。
 遠い昔にバラバラになった積み木セットはいつ何処で処分したのだろう。きっと母のことだから十分に気を使って捨てたのだろう。
 私に気取られないく

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塩と肌

塩と肌

 塩で錆びた手摺りが砂浜の中で血のように赤みを帯びている。肉体の綻びはこれほど鈍くなく、また鮮やかでもない。
 浜辺はまだ肌寒く、人の気配はない。遠くで兄弟と思しき二人が叫び合いながら走り回っていただけだ。小さな男の子がもう一人を追い掛け今にも転びそうになった。少し荒れた波もその細い足元を掬おうとしていた。
 ——昔、ここで溺れかけたな。あのときは兄貴に海中から引き上げられた。
 私は海水による死

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