八原 洋人
なぜだか今日、昔のことを思い出した。 いや理由はそれほど不明瞭ではなく、簡単に言えば言い訳したくなったからあれこれと頭の中で思考して、そうなった。 別に誰に言い訳したいということではない。 本当に阿呆な話だが、勝手に人との会話を頭の中で組み立てて、勝手にその仮想の人に対して言い訳を考え始めて、勝手に言い訳じみた過去を思い出し、未来にその言い訳を使うことはない、という寂しい限りのことなのである。 何をやっているのか、自分でもわからないし、結構な時間をそれに費やしてしまった
私は口を噤んで、一本の桜を見ました。 それは狂い咲きし、まるで群れから外れた孤独なもので、誰もそのことに気が付かないようにその根元には人の姿が見当たらないのです。 どこか遠い記憶に、満開の桜の下に人気がないような、そんな桜が怖いと言った人がいたかと思いますが、はて定かに思い出せないことが苛立たしくありました。私は他人のそういう呑気な態度を軽蔑していましたので、余計に腹立たしく遣る瀬無いばかりに、肩を落としました。 秋の終わりでした。季節を言葉にすると信じられないような
あなたの本心を言葉や形にして表現してください。 そう言われて、どれだけの人がそのままの本心を寸分も狂わずに表現することが出来るのかと考えれば、そんな人は数少ないのだろう。 月並みに言われることだけれども、表現する段階でニュアンスが変わってしまったり、表現した後でもともとの本心との間に違和感を覚えたりといったことは、多かれ少なかれきっとある。 私にはそれが、実際に、とても難儀だ。どうしても何かが欠けているような、何か余計なものが足されてしまっているような、そんな気ばかりが
赤い光が点滅し、肇は瞬きと同時に目を覚ました。それが車のテイルランプなのか、頭上にある信号機の光なのか、バス停の掲示板の灯りなのか、その一瞬では分からなかった。 逆算して初めて、自分が二時間近くそこに立っているたことに気が付いた。深夜のバス停で来ることのない路線バスを待つように、ただ直立したまま意識を失っていた。 夜中でも激しかった筈の車の通行は既に疎らになっている。シグナルの色が変わり動き出した三台の車の内、一人の運転手が肇のことを訝しがって見た。その目の血走り方から
私のことを『のの』と修一は呼ぶ。それは結婚してからも変わらなかった。 ——おいで、のの。 ——こっちだよ、のの。 ——ののは何時までも変わらないね。 私の旧姓が野々村だった頃から、修一の私の呼称は『のの』だった。野々村野乃というふざけた名前だったから『のの』と呼ばれることは自然だった。 「のの、車に気を付けて。」 私がぼんやりしていると、修一は背後を確認するように促した。車は私の右横のギリギリを掠めて通り過ぎた。だから少しヒヤッとした。 員弁川沿いの桜並木を眺
私的な事情でアリ・スミスのホテルワールドの時制について再考する機会があったのでここに纏める。 **** アリ・スミスがホテルワールドにおいて取り扱う時間の概念は一般的なものとは趣が異なる。ストーリーが指し示す重要性には、時間という概念が含まれていることは各章のタイトルである’past’ ‘present historic’ ‘future conditional’ ‘perfect’ ‘future in the past’ ‘present’からしても明らかで
私にとってしてみれば、「Woooooooo-hooooooo」で始まり、絶叫の言葉が繰り返される小説というのは未経験だった。 確かに、例えば宮沢賢治みたく、独特の言い回しや擬態語が多用される文学作品はあるけれども、このアリ・スミスの小説『ホテルワールド』は英文で読むにはなかなか主旨が掴み切れない。 しかし、そこにある活力の大きさは、私のように様々な意味で未熟な読み手でも分かった。それを実現させたのはその生き生きとした文章力なのだろう。 特に、ストーリーの冒頭で主
——笑えよ。—— 私はその一言だけ書き落として、その後は数日間ずっと同じ状態で止まっている。書こうとしている話の内容はほぼ決まっているのに、どうも上手く書けそうになくて手元にある本をパラパラと捲って、読むのかと言えばそんなこともなく、ただ捲るだけだ。 私はいつまでこんなことを続けるのだろう。きっともう引き返せないのだ。ただの馬鹿だ。 「なんで辞めちまわねぇんだよ」 そんな風に舌打ちすると、手に取っていた鷺沢萠の本と同じタイトルの本が本棚にもあり、その本が二冊あ
この言い知れぬ気持ちは何なのだろう。 遠野遥さんの『破局』読了後、私は考えたがどうしてもうまく言葉に出来る気がしなくて、そんな気持ちに適応する言葉を見付けようと、ネットで作品の感想を検索した。 でも誰もこの気持ちを言い表してくれる言葉を残していなかった。 そして私はAmazonの商品ページに行き着くことになった。 これほど人の評価が分かれる小説は珍しいかもしれない。Amazonの評価を見れば分かる通りまさに賛否両論と言っていい。 レイティングスも見事なほど均等に散らばって
note、ステキブンゲイでの小説の創作について、私は基本的には行き当たりばったりで書いている。 普通だったら、プロットとかキャラクターの設定を詰めてから書くのだけれど、いきなり書き始めどんな風になるのかを試すことが、これらの媒体でやりたいことであるからだ。 そんな私は、小説を書く上で、大きな問題を抱えている。 それは、とても簡単に言ってしまえば、書きたいことが理解され難いことばかりであることだ。 同時に、私の文章は、内容が複雑化していき、分かり難さが極まって
弓香の秘密は、望希にとっても絶対に、踏み込めない領域にあった。それに否定したくても否定できないものだった。 なぜならその切欠は対外的なものだったし、その秘密には彼女の居場所を決定付けるものがあった。 弓香は外国語大学への入学を取り止めていたのだ。そして移住まで決めてしまっていた。 彼女が大学入学を取り止めたのは収入の都合だった。弓香は決して望希に告げなかったが、彼女の父親が高校三年の年末、事故に遭い怪我をしていたのだった。それは彼の趣味である登山の最中に、足を滑らせた
——私の首を貴方は真綿で絞めます。それがディアスポラを生み出した最大の要因です。 望希は壁の落書きをぼおっと眺めた。 それは極細の油性ペンのような筆跡だった。老朽化した学校の教室はペンキがはがれ所々綻んでいる。そのせいで文字は一部が欠けていた。 きっとこれは六年前の豪雨の後のことが書かれたもので、この落書きをした人物はもうこの街にはいないのだろう。あれ以来この街から多くの移住者が出て、街の人口は大きく目減りしていた。 望希には移住するという感覚がどういうものかまだ
小川洋子さんの『密やかな結晶』がブッカー賞にノミネートされた。受賞作の最終発表は5月19日を予定している。 その物語の主人公は小説家で、喪失の話を描く。彼女の暮らす島では人々の‘記憶’が失われていき、秘密警察という組織が失われた記憶の消失を補完するように記憶に纏わる物品の押収を行い、そして記憶を失わない体質を持った人を連行する。 今の日本は情報過多となっている。グローバリゼーション、ソーシャルネットワークサービスの影響で、時間の距離の障壁を超え、手軽に様々な情
私が作った積み木の家を兄は何度も壊した。 積み木が気に食わないんじゃない。作った家が気に食わないんじゃない。私が気に食わないのだ。 私は家を壊されると、また積み木を組み上げて、別の形の家を作った。すると態とらしく兄はその上を歩いて全部台無しにされた。 遠い昔にバラバラになった積み木セットはいつ何処で処分したのだろう。きっと母のことだから十分に気を使って捨てたのだろう。 私に気取られないくらいに、そこに含まれた思いが還らないように、自然とそうしたのだ。 降った雨の
塩で錆びた手摺りが砂浜の中で血のように赤みを帯びている。肉体の綻びはこれほど鈍くなく、また鮮やかでもない。 浜辺はまだ肌寒く、人の気配はない。遠くで兄弟と思しき二人が叫び合いながら走り回っていただけだ。小さな男の子がもう一人を追い掛け今にも転びそうになった。少し荒れた波もその細い足元を掬おうとしていた。 ——昔、ここで溺れかけたな。あのときは兄貴に海中から引き上げられた。 私は海水による死の香り、鼻を突くような痛みを思い出し、最も身近な記憶を沿うように追った。 彼