花屋を三軒はしごして
小さくお祝いをしようと思った。
今日は土曜の出社日。
帰りに絶対、チューリップの花を買って帰ろう。
わたしだけのささやかなお祝いを彩ってもらうにはこの上ない花、チューリップ。
わたしの“いちばんすきな花”。
朝からずっとぼんやりチューリップのことが頭にあったせいか、今日はなんだか仕事中も気持ちが穏やかだった。お花ってすごいんだ。脳内にも咲く。
頭の中で鳴り止まぬ、不思議の国のアリスの「何でもない日おめでとう〜♪」の歌。The Unbirthday Song。
三月ウサギとマッドハッターがお茶会でご機嫌に歌うこの歌のこと、大好きなんだよな〜。
◆
夕方、待ちに待った退勤後。
まずは会社の目と鼻の先のモールへ。
少し奥まったところにあるお花屋さん。
通勤路にあるお花屋さんの中ではいちばん大きく、品揃えも豊富であろうこのお店でパッと買ってサッと帰る。そういう算段だった、が、しかし。
なんと店内は、予想のはるか上の混雑。
えっ、人々ってこの時間帯にそんなに花を求めるものだったの…?なんて思いながら様子を伺っていたら、なにやらみんな切り花セットを買い求めている。
よく見るとそれは、お雛まつり用の桃の花たちだった。
雛飾りから縁遠くなって久しいので全然気にしてなかったけど、妹(二児の母)曰く「雛祭り用のお花は当日だと無くなっちゃったりするんだよ!」とのこと。なるほど〜!
全国の雛人形たちよ、明日まで桃の花に囲まれて幸せに過ごせますように。すぐしまわれちゃうからね。
そしてこの世の全ての女児たちよ、みんな健やかに育ってね。
そんな小さな祈りを空に飛ばしながら、踵を返して退散。
すごすごと駅に移動してみたものの、やはりチューリップを追い求める気持ちは頑として揺るがない。
チューリップ欲しい。猛烈に欲しい!!
少し悩んだ末、とりあえず改札からほど近い百貨店内のお花屋さんへ行ってみることにした。
花屋ハシゴ2軒目。
ハイブランドのフロアに位置するそのお店は、先程のモールと打って変わって店内にお客さんは誰もおらず、黒い制服を着た見目麗しい店員さんがただ静かに佇んでいた。ヒェ〜!ドキドキしながら入店。
洗練された店内にさっと目をやると、フラワーケースのなかに赤いチューリップがピシッと並んでいる。
百貨店のチューリップ様、こんばんは…!
…あれ、でも、赤一色しかいない。
いや、赤いチューリップのことは大好きなんだけど…。
なんとなく今の時期、色んな品種がワーッとある図を想像してしまっていたのだ。
店員さんにお尋ねしてみたところ、やっぱり今は陳列されている一品種しかないとのこと。そっか〜。
これも縁かなぁと、蕾の二輪を選んでもらった。
葉っぱの付き方が少し珍しい感じ。なんという品種なのか教えてもらっておいたらよかった。
丁寧に包んで紙袋に入れてくださったチューリップの蕾たちは、まるでおくるみに包まれた赤ちゃんのようだった。
そんなチューリップの赤ちゃんたちを抱えて、今日も国内外の観光客で混雑している駅構内を歩く。
なんせこの駅、いつも混んでいる。地元であれば祭りが開催されている日くらいの混み具合が毎日、毎時間。
しかし、今日のわたしはいつもとは違う。花(しかも赤子)を抱えているのだ。
わたしの為に刈り取られたいのちたち。このいのちは、絶対にわたしが守らねば。
そんな責務を果たすべく慎重に電車に乗りこむ。
車内の人は思ったよりまばらで、何故かいつもより少し空いていた。ラッキー!
5分ほど揺られた電車を降り改札を通ると、時刻はもうすぐ19時。
最寄り駅から家に着くまでの道すがら、家からすぐのスーパーの中にあるお花屋さんのことを考える。
うーん、ダメ元で寄ってみようかな。
基本的にいつも、お花はそこで買う。切り花、あんまり連れ回したらかわいそうだからね。
しかしこのお花屋さん、スーパーの閉店時間よりずっと早く、いつもおおよそ19時には閉まるのだ。
この“おおよそ”に結構な幅がある。そういうゆるさもなんかいい。
今日はどうかな、とスーパーに入店してみたところ、ヤッター!お花屋さん、ネットがかかってない!花屋ハシゴ3軒目!
そしてチューリップがあるぞー!白・黄色・ピンク!
ピンクをサッと一輪とって、お店の方に恐る恐る「まだ大丈夫ですか?ひとつだけなんですけど…。」と話しかける。
どうぞー!と、とても快活に対応してくださった。いい人だー!
スーパーチューリップちゃん、みんな茎がやんちゃ。健やかでかわいいね。
一輪220円。百貨店の赤ちゃんチューリップの半額の値段だった。
なんだかチューリップの品種に興味が湧いてきた。図鑑でも買って、チューリップ博士になっちゃおうかな。
レジでお金をお渡ししようとすると、店員さんが「あっ…」と小さな声を漏らす。なんだ?
「このチューリップ、少し先が変色しちゃってます。確認不足で申し訳ないです。」とのこと。
…うーん、でもわたしが選んだし!
「大丈夫です!ありがとうございます!」と元気に言ったものの、店員さんはすごく申し訳なさそうに、
「ちょっと待ってくださいね、ピンクの子がいいですよね…?」と、チューリップのはいった什器をまるごとレジまで持ってきてくれた。いい人だー!(2回目)
しかし、ピンクはわたしが選んだ子含め2本しかなかった。
店員さんの見立て的には、どちらのピンクも他より長持ちしないかも…とのこと。そうなのか。
じゃあ、店員さんのおすすめの子を選んでもらったほうがいいかな?なんて思ったけど直ぐに思い直す。
そうしたらわたしが最初に選んだピンクの子は、きっともうお店には並ばないだろうから。
家に引きこもる休日をお花と過ごしたくて、わたしは休前日にお花を買うのだ。
作業しながら、ダラダラしながら、ずっと傍で眺めてる。
だから、多分ちょうどいい。
「ピンクのチューリップがいいなぁって思ってたので、ピンクを2本とももらっていきます!」
うん、絶対これがいいよ。
さぁ、ピンクのチューリップたち!余生を我が家で過ごそうではないか!
やたら機嫌のいい駆け込みチューリップ女を前に、店員さんはやっぱり少し申し訳なさそうに「本当にいいですか?ごめんなさいね…。」とおっしゃったあと
「そうしたら、茎を少し短く切ってあげてください、それで…」と、懇切丁寧にアドバイスをくださった。
こちらこそ、閉店間際にごめんなさい。親切にしてくださってありがとうございます…!
レジに500円玉を置きながらそんな事を話していたら、耳を疑う言葉が聞こえた。
「100円でいいんです、2本で。」と。
いえ、それはかえって悪いです…!とオロオロするわたしに、引かぬ店員さん。
ピンクのチューリップにしま〜す!と言い放ったときのわたし以上の真っ直ぐさで、100円しか受け取ってくださらず、なんと…!
お花のことも、お花屋さんとしてのお仕事も、大切にされておられる方なんだなぁ。
精一杯のお礼とともに、「また買いに来ますね!」と元気に伝えて帰路に着く。素敵なお買い物だった。
袋からひょこひょこ覗くチューリップがあまりにかわいくて、ほとんどスキップするみたいに家まで歩いた。
人間、お花と歩けばいつだってご機嫌なのかもね。
それじゃあ今日も、『何でもない日おめでとう』。
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