吉宗(よっそう)で茶碗蒸しをたべる
少し前に、むかし馴染みのお姉さんが東京から帰省していて、そのあいだに2度ほど会って時間を過ごした。お姉さんは私がちびの頃に、両親の店(喫茶店をしていた)でアルバイトをしてくれていた人である。
店のアルバイトに来てくれていたのは、彼女が大学生(短大かも)だった頃のことだけれども、実は彼女の家は裕福でアルバイトの必要などなかった。ちょっと変わった経緯でうちに来ることになり、しばらくのあいだ働いてくれていた。
結婚してしばらくあとに長崎を離れたお姉さんと、数年前ぐうぜんから再会することができた。以降、たまに会えるときには必ず手土産をくれ、食事やお茶といった場合にはごちそうをしてくれる。いつも、どっぷり甘えている。
今回は、ある日の夕飯を吉宗でごちそうになった。吉宗は「よっそう」と読む。
この店は茶碗蒸しで知られる老舗で、長崎ではなにかというと吉宗で出前をとる(最近はそうでもないかもしれない)し、今もって連日観光客の行列ができている。
その日、夕飯をどこにしようかと言い合いながら、吉宗が並んでいなければ入ろうか(どうせ行列だよね)、といいつつ万屋町の店の前をのぞいたら、ひとりも並んでいなかった。ふたりして速足になって赤提灯の下をくぐる。
茶碗蒸しと蒸し寿しが基本のセットである。運ばれてきたどんぶりにお久しぶりです、とひとことあいさつをして(嘘)、蓋を開けた。あつあつの茶碗蒸しは誠実な出汁となめらかなたまごにほっとする。ぬくぬくの蒸し寿しは穴子のそぼろ、甘い桜でんぶ、錦糸卵の三色が酢飯に乗る。酢飯にはごぼう、はんぺんがまぜこんである。熱いうちもおいしいけれど、冷めてからでもおいしい(ごちそうさまでした)。
並んでまで食べるものでもないけれど、長崎のおいしいもののひとつといって差し支えない。
さて、吉宗がどういう店かを書こうとちょっと調べてみたところ、『九州うまい店200』という本を見つけた。出版は1964年である。
吉宗の紹介ページを引用する。
うなぎ丼200円! 2024年現在の価格は下の通り。
茶碗蒸(茶碗蒸し寿し) ・・・ 1,540円
幕の内 ・・・ 1,540円
特製幕の内 ・・・ 3,190円
(鯛ちりとうなぎ丼は見当たらなかった)
この本に載っている別の老舗をみると、しっぽく料理が800円~1,500円、うなぎの泉屋(今もある)の定食が400円、丼は250円(並)、ひれかつ定食330円(浜かつ)、ちゃんぽん120円、コーヒー80円。
コーヒーの値段は『銀嶺』ページ掲載の価格で、この店も現役だけれど場所が変わっている。
お姉さんとの別日の昼食にこの『銀嶺』に行こうかとも言ってたのだけど、気がついたらこじゃれた店に座ってフランス料理のランチを食べていた。
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食事以外にお茶をしに喫茶へも行った。
このとき、何となしにうちの母にメッセージを送ってみたところ、わりと近くにいたので合流して店を探した。お姉さんと母とが会うのは、7年ぶりくらいだったとおもう。
お茶をする店は梅月堂に決まった。この店もまあ長崎では、古い。シースクリームというケーキが知られていて、本店には喫茶室があるのである。
全員ケーキセットを注文し、母もお姉さんも名品のアップルパイを食べた。私はチーズトルテ。
さてここの店も、何か資料があるかな、とおもって探したら、文明堂総本店主中川安五郎氏の自叙伝が出てきた。梅月堂創業者・本田兼作というひとのところで修行をしたそうである。この本田という一族出身の菓子屋は長崎に多いらしい。桶屋町にあったホンダ洋菓子店のスイスロールは、スポンジ生地にバタークリーム、パイ生地を重ねて煮りんご(つまりアップルパイ)を巻いてあるというものすごいお菓子で有名だった。数年前に閉店した。
カステラの老舗、福砂屋の創業は1624年(初代福砂屋武八)、松翁軒が1681年(初代山口屋貞助)、文明堂が1900年。福砂屋の折り紙は揺るがないけれど、友人に贈った松翁軒のカステラも気に入られたし、母はここの桃カステラが好きだ。東京の文明堂のバウムクーヘンはお姉さんのお気に入り(長崎の文明堂にはない)である。
カステラは福砂屋がおいしいのは文句なしだけれど、個人的には岩永梅寿軒(1830年創業・初代岩永米蔵)のカステラが好みという点でいちばんかもしれない。
長崎の老舗に立て続けに行った記録としてだらだらと書いてみた。きょう、noteの記事のため(だけ)にフクサヤキューブを買った(324円)。
▽父とアップルパイの話