喫茶店アルバム-江戸町の喫茶店-
ふとしたことから父に誘われ、江戸町にある喫茶店で待合せてコーヒーを飲むことになった。父の住まいと、私の事務所からちょうど半分くらいの場所になる。
店名にもなっているからそのまま書くけれど、平井さんの店は以前は万才町というところにあった。父の店のあった場所からも近く、ときどき訪ねていたのだけれど、移転してからは初めてだった。
しばらく足を運んでいなかった理由としては、平井さんのところと父の店とどちらの常連でもあったタムラさん(仮名)のことを思い出してしまうからかもしれない。彼が亡くなった直後、平井さんの店へ行くと「タムラくん、亡くなっちゃったねえ」と言われたまらなくなった。
いったん無沙汰をすると何かきっかけがないと行きづらい。父と待合せるというので、久しぶりに店に行けるのがちょっとうれしかった。
待合せの時間に数分遅れ店に着いたら、父はもう席についていた。その隣に懐かしい顔があった。クボタさん(仮名)だった。なじみの顔が揃ったことで一瞬時間的な錯覚を起こしてしまった。
コーヒーを注文して、席に着いた。江戸町の店は初めてだったけれど、以前の店と雰囲気は変わらなかった。きっとマスターのスタイルがしっかりしているんだろう。
父ともちょっとぶりだったので、いくつか話をしたり、もっとしばらくぶりだったクボタさんや平井さんともあれこれ会話をした。コーヒーを飲み終って追加で何か頼みたくなり、メニューを見る。平井さんの店のメニューは豊富である。外は暑かったし、冷たいカフェオレを父とふたり分注文した。
ネイバーフッド・バーという言葉を知ったのはいつだったか、よく海外で使われるらしいそれはつまり近所、自宅から歩いて行ける場所にある、気軽なバーのことであるという。ニューヨーカーなんかはそれぞれそういう店を持っているとか、なんとか。
私は世界的な下戸であるし(誇大表現)、そんな店は持っていないけれど、ネイバーフッド・カフェを欲しいとおもった。だけどよく考えてみると、私にとって日常的に気軽に使える喫茶店、それはすなわち父の店だった。
平井さんの店や、ちょっと遠いK町のTさんの店などはわりと気を楽に過ごせる店だけれど、店を閉める以前までは、やはり父の店にばかり行っていた。ひとつも肩が凝らないし、そこで会える人たちも好きだったからだ。
「なんとなく足が向いてしまう、心のほぐれる場所」としてのそんな店を持ちたいような、でもそんな場所は私のような生い立ちと環境ではもう持てないような、といった感じで現在に至っている。
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平井さんの店に行くより1週間ほど前のこと。大浦に仕事の用があり、そこあたりは事務所から歩いて20分弱といったところである。たいした距離ではないけれど、夏場は暑いからと朝の早いうちに用を済ませるようにしている。その日朝の9時過ぎに回ったんだけれど、そのくらいの時間でももう充分に暑かった。事務所に戻る前に涼しいところで冷たいものを飲みたくなったところに、カフェがあった。ふらふらと吸い込まれた。
味が好みかどうかわからない店では、ミルク入りの飲み物が無難である。やはりアイスカフェオレを頼んだ。
こういうときというのは、飲み物の味というよりも腰を下ろすことを第一に欲しているから、味はまあまあであればそれでいい。というわけで普通の冷たいカフェオレだった。ちなみにそこはプラカップ(温かい飲み物はペーパーカップ)で出す店で、そういう店を私はほんの少しだけ憎んでいる。
平井さんの店のアイスカフェオレは、作り方を気にして見ていたところ、カフェオレ用の濃いコーヒーをカクテルシェーカーでシェイクして冷やしてから、氷とミルクを入れたグラスに注いでいるようだった。最後に甘味をつけていない生クリームがのった。
ひと口飲んでみると、しっかりしたコーヒーの風味のある、おいしいカフェオレだった。これはいいとおもった。
外は暑いし、店を出るのが名残惜しかったけれど、平井さんにまた来ますといって父と一緒に外に出た。
ネイバーフッド・カフェかあ。やはり憧れる。
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↑タムラさんの話。
↑クボタさんの話。