メラトニンの低下、オレキシンの増加とせん妄の関連性について

前置き) 

 せん妄は、認知症と同様にWHO(世界保険機構)による精神疾患分類(ICD-10)で、器質性精神障害に該当する。症状としては、幻覚が見えることや興奮状態になることなどが挙げられる。発症原因として、直接因子には、脳疾患、臓器不全、感染症、血液学的異常、水・電解質異常、栄養異常や薬剤の副作用または薬剤離脱症状などがあり、痛みなどの身体症状、断眠、感覚遮断または感覚の鋭敏化や心理社会的ストレスなどが、発症を促進する因子となる。また、加齢や認知症を含む認知機能障害は、せん妄を発症しやすい素因子であることが知られており、高齢者における手術後のせん妄は、長期に渡り続く辛い合併症である(1)。せん妄は、従来、一過性の症状であると認識されてきたが、 研究が進むにつれ、これは正しくないことがわかってきた。さらに、2010年には、年齢、性別、併存疾患、疾患重症度や認知症のような交絡因子と関係なく長期的にみて予後不良と関連していることが明らかになったと報告されている(2)。

 せん妄の後遺症については、認知症の有無や既存疾患の重症化のような複雑な背景因子を持つ患者がほとんどであり、その病態を理解することは難しく、その病態生理は明らかになっていないが、様々な要因が神経系へ影響することで、認知機能に障害が起こされると考えられている。アセチルコリンの欠乏、ドパミン・グルタミン酸・ノルアドレナリンの過剰による影響である可能性が提唱されており、また、GABA、セロトニンとメラトニンも要因として挙げられている(3)。そして、2020年には、せん妄に対するラメルテオン(メラトニン受容体アゴニスト)とスボレキサント(オレキシン受容体拮抗薬)の有効性について、RCTの結果が報告されているので、今回は、メラトニン・オレキシンとせん妄の関連性について記載する。

本題) 

 メラトニンは、脳の松果腺で産生され、睡眠サイクルの制御、血管運動、睡眠、網膜への電気信号、炎症と免疫機構、そして酸化ストレスの除去への関与が知られており、夜間帯に分泌され、夜間帯の睡眠、低血圧と体温低下を促進する。2020年に発表された論文では、65歳以上で、全身麻酔を受けた患者を対象(うつ病や統合失調症などの精神疾患の既往歴がある患者は除外)として、手術前日と手術後の当日の9:00pmに採血を行った結果、メラトニンの血漿中濃度(ng/L)について、術後は術前よりも低く、また、せん妄を発症した群(POD)と発症していない群(non-POD)を比較したところ、PODの方が低かったと報告されている(4)。一方、炎症がせん妄の発症に関連するという報告もある。この報告では、トリプトファンの代謝には、セロトニン経路とキヌレン経路があり、5%がセロトニン経路で、95%がキヌレン経路で代謝されており、メラトニンは、セロトニン経路を通して合成される。敗血症や術後炎症などの刺激で生じるインターフェロンγは、キヌレン経路を活性化するため、セロトニン、メラトニンの産生が低下すると報告されている(5)。また、メラトニンは夕方から上昇し始めるが、年齢と共に、上昇開始時間が遅れることが1986年に報告されている。この論文では、peak時の血漿メラトニン濃度について、女性における平均年齢22±0.8歳の群(Young women)と平均年齢67.8±0.7歳の群(Elderly Women)を比較した結果、Elderly Womenは、young womenの半分以下であり、男性でも同様の結果であった。lagについては、ElderlyとYoumgを比較すると、男性女性共に、Elderlyの方が約2時間ほど遅れて、メラトニンの上昇がはじまっていると報告されている(6)。一方、オレキシンは日中に分泌されるalerting peptideであり、サーカディアンリズムにおける覚醒に必要なホルモンである。中程度から重度のアルツハイマー認知症患者は、軽度または非アルツハイマー認知症と比較すると、脳脊髄液内の平均オレキシンレベルが高く、さらに、ラット実験において、急性膵炎のラットはコントロール群よりも脳脊髄液内の平均オレキシンレベルが高かったと報告されている(7)。よって、高齢、炎症と認知症によるメラトニンの減少とオレキシンの上昇がせん妄のリスク因子であると考えられている。

参考文献)

1)認知症患者の夜間にみられる精神症状および行動症状. 認知神経科学 Vol.17 No.1 2015
2)Delirium in Elderly Patients and the Risk of Postdischarge Mortality, Institutionalization, and Dementia.JAMA,July 28,2010-Vol 304, No.4 
3)がん患者におけるせん妄ガイドライン2019年版
4)Relation of serum melatonin levels to postoperative delirium in older patients undergoing major abdominal surgey. Journal of International Medical Research 48(3) 1-8 2020 
5)Recent evidence for an expanded role of the kynurenine pathway of tryptophan metabolism in neurological diseases. Neuropharmacology Volume 112,Part B,January 2017,Page373-388   
6)Plasma melatonin-An Index of Brain Aging in Humans? Society of Biological Psychiatry 1986;141-150   
7)Orexing system dysregulation, sleep impairment, and cognitive decline in Alzheimer disease.JAMA Neurol.2014;71(12):1498-1505 

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