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祖父と思い出の銭湯
温泉好きな私ですが、幼い頃、風呂が苦手でした。
父親と一緒に入ると決まって湯船を熱くするため、熱さに敏感だった私はすぐに湯船から出たがるのです。
しかし、金曜日の風呂だけは違いました。
普段苦手な風呂という行為が楽しみに変わるのです。
それが近所の銭湯でした。
今は亡き祖父の自転車に後ろに乗せてもらい、よく近所の銭湯に連れて行ってもらいました。
夕暮れの街。赤く染まる家々を横目に、自転車はゆっくりと漕ぎ出します。父親に比べ、少し丸くなった祖父の背中が哀愁漂う晩夏。生ぬるい風に祖父の甚平が揺れます。
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住宅街の中に一際目立つ煙突が立っており、のれんには大きな「ゆ」の文字が描かれ、風になびいています。
銭湯の引き戸を開けると、近所のおじちゃんおばちゃんがわらわらと集まりつつありました。子供が来ることが珍しかったのか、ちやほやされますが、人見知りだった私はなかなか馴染めませんでした。
木札鍵の下駄箱に草履を入れ、番台のおばちゃんに小銭を渡します。
私を見つける度にいつもニコニコしており、子供ながら何がそんなに嬉しいのかと思ったものです。
空カゴに服を入れ、祖父の背中を一生懸命ついていきます。
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ケロリン桶と椅子を取って一緒に洗い場へ向かうのですが、床のタイルがいつも滑りやすく、足を取られそうになっていました。
祖父の真似をして、小さな太ももの上にタオルを広げ、石鹸でタオルを泡立てます。しかし、ヘタクソなのでうまく泡が立たず、水っぽい感じになってしまいます。
それを見かねた祖父が私のタオルを手に取り、代わりにに泡立ててくれるのは毎度のこと。祖父のゴワゴワした厳つい手が頼もしく見えます。
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大きな湯船は少し熱く、幼い私には長湯が難しいだろうと、水を足してぬるくしてもらったことを今でも覚えています。
祖父の眼差しは柔らかく、何より孫と一緒に居ることができて楽しかったのだろうと思います。
そして、風呂上がりにはいつも決まってフルーツ牛乳を買ってもらいました。甘酸っぱく、まろやか味わいは私の未熟な味覚を虜にします。
ここでも祖父の真似をして、腰に手を当て角度をつけて片手で飲み干します。子供ながらに風呂上がりの一杯の味わい深さに心打たれたのです。
家路につく祖父の自転車はゆらりゆらりと進んでいきます。
火照った体に心地よい夜風が吹き付け、ゆっくりと湯冷めしていく午後7時すぎ。
そして気づけば、過ぎ去りし幼き日々の中に、風呂の魅力に取り憑かれている自分がいるのです。
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時は流れ、そんな思い出の銭湯も老朽化と店主の高齢化で店を畳んでしまいました。
私の風呂好きのきっかけとなった地は、思い出だけを残し、跡形もなく消えていました。
ただ、今でも通る度に、亡き祖父との思い出が夏の夜風のように吹き抜けるのです。