ヤマハ発動機ジュビロ観戦記☆第3節〜杞憂と、惜別と〜
1.憧れの人はすぐそこに
神様、雨を降らせないでください❗️
この2週間、私はひたすら願っていた。
ヤマハ発動機ジュビロ 秩父宮での試合。リーグ戦ではこの日しかない。
ファンクラブでチケットも手に入れた。ヤマハTシャツも買った。会員証も定期に入れた。
天気予報は前日から曇りに変わっていた。雨は降らないらしい。
主人は仕事、娘はテスト勉強、行くのは私だけ。
この時間だけは『わたし』になってノビノビ過ごそう!
勇んで秩父宮には11時前に到着した。入り口からヤマハの青いテントが見えた。
ネットで見たグッズがたくさん並んでいる。その横に、ファンクラブ会員限定『選手直筆サインカード』配布のブースがあった。会員証をみせると一枚カードを渡された。もちろん選ぶことはできない。
鹿尾貫太選手。まだ3年目の期待株!必死な表情が彼の現在地を表しているかのようだ。
『よろしかったらお持ちになりますか』
配布担当の方に尋ねられた。
私はうなずきハリセンを受け取った。
サックスブルーの地に『YAMAHA STYLE 』裏には『TRY』
先週、リコーに一点差の悔しい敗戦を経験した。
ヤマハ*スタイル
この言葉にチームの矜持を感じる。なんだか嬉しかった。
私はタオルマフラーを手に取ってレジの列に並んだ。足元には選手の靴の写真。もちろんソーシャルディスタンスのためだが、前に進みながら選手の名前をなぞるうち、どこか心細くなってきた。
大きなテントとのぼりには『YAMAHA』のロゴ、沢山のグッズ、それを手に取るファンの列、、、
《タッキーさんは、このチームを束ねるGM兼監督なのか》
『憧れのタッキーさん』こと堀川隆延GM兼監督は今このスタジアムの中にいる。
なのに、ここから逃げ出したい気分になった。
憧れは 遠くにありて 想うもの
やっぱり、、そうなんだろうか。
2.伝説の人は目の前に
会場に、まだ観客はさほど集まっていなかった。やはり、すこし早かったらしい。
私はようやく鬱陶しいマスクを外し、一息ついて軽く昼食をとった。サム・グリーン選手が早々にグラウンドにでていた。
今日は頼みます!
彼には手を合わせたい気分だった。若いがとにかく頼りになる選手。今日は司令塔10番。
まもなく、『あの人』がグラウンドに姿を現した。この日、秩父宮の観客全てがその活躍を待っている。
ヤマハ発動機ジュビロ 五郎丸歩選手
2015W杯イングランド大会 南アフリカ戦
その記憶はあまりに鮮烈で、何度見直したかわからない。この日から自国開催2019年大会の成功まで、彼は『日本ラグビーの象徴』として生き続ける。この過酷とも思える使命を彼は無事果たし、今シーズン限りの現役引退を発表していた。そしてこの日は
今季トップリーグ・リーグ戦『最初で最後』の秩父宮。
私も含めて、観客は皆カメラやスマホを構えている。彼はまさに
日本ラグビーを牽引したレジェンド
だが、同時にいくつもの顔を持っていた。
大学ラグビーファンには
トヨタ自動車をも撃破した早稲田大学のスターとして。
ヤマハファンには
日本選手権優勝に貢献したヒーロー、そして
今日のヤマハを共に築いた《同志》として。
『早稲田のゴロー』が、『ヤマハのゴロー』となり、やがて『日本』の、『世界のゴロー』になった。
誇らしさと、寂しさと、ファンの胸に去来する想いは様々だろう。
五郎丸選手は、淡々と自分の練習に励んでいた。その足から生み出されるキックは、テレビで見たのと変わらぬ流れるような美しさがあった。
デジカメの連写機能をこの日ほど使った日はない。何度見返しても、それは『芸術』だった。
3.憧れの人はすぐそこに、しかし、
グラウンドに選手が増えてきた。同時にこの方も現れた。
《スクラムの慎さん》こと、長谷川慎ハイパフォーマンスコーチ。
前節の苦戦の原因は明らかだった。慎さんには悔しい5日間だったに違いない。
最後までFW陣の横につき、練習メニューをこなす中でその都度厳しく指示を出していた。
この方は、『物理』の法則をラグビーに落とし込む『技術者』であり、同時に、机上の計算では解決できない微細な技を伝授する『職人』なのだ。『静かに蒼く燃える』そんな雰囲気を持っている。
そこに、
『子供の運動会にやってきた日曜日のパパ』的男性が姿を現した。この方もしかして、
大久保直弥ヘッドコーチだ!
たしかにコーチだからジャージで登場されると思っていたが、こういうラフな雰囲気は意外だった。
しかし、当たり前だが大久保さんは『日曜日のパパ』ではない。
グラウンドに出てすぐに、選手相手にボールを蹴った。選手はそれをキャッチして、それが繰り返される。これがトレーニングなのかコミュニケーションなのか、観戦初心者の私にはわからない。
さすが『スター軍団』サントリーご出身だけあって、人を惹きつける《華》がある。同時に女性ファンなど寄せつけない峻厳さも現役時代と変わらない。『隙』がないのだ、この方には。
ふと視線を左に移すと、もう1人『パパ』がいる。
『子供の運動会にやってきたが居場所がわからず困ってるパパ』的な立ち姿、、
もしかして、この方が、タッキーさん、だろうか⁉️
私には思い込みがあった。監督だけはスーツを着るのが規則だと。『あの方』のせいだ。
今思うと、開幕戦だったから沢木監督はこのスタイルだったのか。
沢木さんはグラウンドに登場してからずっと歩き回っていた。そして段々歩みを緩めつつ立ち止まるようになり、コーチ選手に指示を出すようになっていった。
ところが、
タッキーさんは、動かない。
掛川花鳥園のツンデレプリンセス、ハシビロコウの『ふたばちゃん』の如く、ゴールポストに張り付いている。
手前のFW陣を慎さんが指導する。少し後ろで見守る大久保さん。奥がBK陣。タッキーさんはその真ん中に立って、動かない。
今思えば、FWBK両方の仕上がりを見ながらも、心は前節苦戦した前半の試合運びをずっと考えていたのだろう。試合中の『決断』は監督の仕事だからだ。
それにしても、タッキーさんはこのまま『動かず』終わるのだろうか。練習は淡々と進んでいく。私は途方に暮れた。
練習も終盤、ここに救世主が現れた。サム・グリーン選手がタッキーさんに話しかけている。
タッキーさんも現役時代SOだった。これがなんの練習なのかはわからないが、2人の間にボールが行き交った。
その俊敏な動き。大久保さんのキックが正確だったのと同様、元アスリートかつ指導者は、普通の40代ではない。
何よりボールを追うときの『眼』が違う。スポーツを職業にするとはこういう事なのか。
時間一杯となり、選手スタッフ達は屋内に戻っていった。
負けはもちろん、単なる勝利でも許されない。
ヤマハが『ヤマハ』である事を知らしめる
勝負の80分間が始まろうとしていた。
4.前半
相手は NECグリーンロケッツ
連敗中とはいえ調子は悪くない。
開幕節は神戸製鋼相手に壮絶なトライ合戦を演じ38得点。第二節はTJペレナラ選手の個人技に屈したが試合自体は締まっていた。
五郎丸選手の同期FB吉廣選手がチームを牽引する。
出会い頭のカウンターパンチ🤛
グリーンロケッツは最初から意図していたのだろうか。それは開始まもなくのことだった。
グリーンロケッツは、10番グッド選手を起点に鮮やかな速攻を見せる。
グリーンロケッツ トライ CG成功
7-0
言葉も出ない。背中に嫌な汗をかく。
しかし、今日のヤマハは『ヤマハ』だった。
その直後、グリーンロケッツ吉廣選手のキックをツイタマ選手がチャージ、一気にゴールライン先に持っていく。
ヤマハ トライ
五郎丸選手が確実にCGを決めた。
7-7
ただこの後も磐石とはいかなかった。
五郎丸選手がタッチに出そうとしたボールは風で押し戻されグリーンロケッツボールに。キックでヤマハ陣内に深く攻め入り、ここでヤマハのペナルティー。グリーンロケッツはスクラムを選択。
前節リコー戦の再来のようだ。しかし、ここからが違った。
ヤマハはスクラムで圧倒、グリーンロケッツのペナルティーで窮地を脱する。
あとで見返したテレビ録画では、ここで大田尾さんを加えた4人が、お揃いのカンタベリージャージに身を包み並んで座っていた。なんだか
制服ディズニーの女子高生
みたいな並びになっていたが楽しげな雰囲気は微塵もない。タッキーさんは腕を組んで厳しい表情を浮かべていた。
しかしスクラムの安定=ヤマハの生命線だとこの後実感する。
グリーンロケッツ陣内深く、スクラムで圧倒してからボールは左に待つ BK陣に。グリーンロケッツはトライを妨げるペナルティーを犯しイエローカード。シンビン10分間退場で1人少なくなる。
ペナルティートライでヤマハは7点追加。
その直後、今度はラインアウトからのモールで江口選手がトライ。五郎丸選手のCGは失敗するも
7-19
テレビは再び『ジャージ4人組』を映し出す。マスク姿のタッキーさんや大久保さんの眼が少し柔らかくなっていた。
眼は口ほどにものを言う
とはまさにこの事か。
この後ヤマハにピンチが訪れるもことごとくボールを奪還。
選手の表情に生気がみなぎってきた。
選手も人間なのだ。自信が更なる自信を生む。
そして前半32分
ヤマハのキックから始まる攻撃、グリーンロケッツからこぼれたボールを五郎丸選手が拾い上げる。
彼は走った。目の前には誰もいない。
このシーン、見たことがある。観客の何割かはそう思っただろう。
2015W杯 南アフリカ戦
あの鮮やかなサインプレー、最後にボールを受け走り抜けたのは彼だった。
映像を見ながら、胸が一杯になった。
五郎丸選手はその後のCGも決めた。
7-26
しかし今季のグリーンロケッツは、ここで心が折れるようなヤワなチームではない。
速攻からトライに繋がるパスを出したのは吉廣選手だった。
36分 グリーンロケッツトライ
老練な、と言っては失礼だが、ベテランの凄みを感じさせる素晴らしいプレイだった。
スーツに身を包んだ浅野監督は、落ち着いた様子で指示を出していた。教員経験をもつ浅野さんにはお若いのに独特の風格がある。
CGも成功
14-26
グリーンロケッツの反撃はこれだけでは終わらない。
中嶋選手の鋭いランに、あの
タッキーこと瀧澤選手が大外からサポートにやってきた。ボールを受けたタッキーは中央に向かい真っ直ぐ走り込んだ。その快足にだれもついていけなかった。
グリーンロケッツのメンバーはタッキーに駆け寄ってきた。
ヤマハのラグビーに『プライド』があるとすれば、
グリーンロケッツには『ソウル=魂』がある。
その勝負に対する強い気迫は、ストレートに観客の心に突き刺さってきた。
グッド選手のCGも決まり
19-26
1トライ1ゴール差
勝負は途端に予断を許さなくなった。
5.後半
ヤマハ覚醒か!と胸を撫で下ろした矢先の2トライ。
その意味で、後半開始早々、ヘル・ウヴェ選手のトライは、ひとまずファンを安心させた。CGも成功
19-33
しかしグリーンロケッツも反撃の手を緩めない。
こういう場面、効くのは『個の力』なのだろう。
後半10分
ツイタマ選手は一気に駆け上がった。俊足と強い肉体、24歳とは思えない勝負勘。
19-40
その直後、今度は2番江口選手もトライを決める。この日二つ目のトライ。CGは失敗したが
19-45 ヤマハは大差をつける。
『何が違うの❗️』
その後のスクラムで組み直しが続いた。結局グリーンロケッツのペナルティー。川村選手の発した一言に観客はビックリしたのだが、これもベテランの味。譲れない一線、駆け引きの一つなのだろう。
膠着気味となってきた試合を動かしたのは、江口選手に代わって入った平川選手のトライだった。ラインアウトからのモール。
テレビに映し出されたタッキーさん、ずっとガムを噛んでいたようだ。監督の味わう緊張感は特別なのだろう。
五郎丸選手はキックを決めた。
19-52
しかしグリーンロケッツは粘り強かった。
後半74分にまたもトライ。
24-52
そして、別れの時が来た。
23番矢富選手の姿が見えた。
五郎丸選手は、軽くお辞儀をした矢富選手にタッチしてピッチから去っていった。出たところで振り返り軽く一礼をした。
賞賛と惜別の拍手は秩父宮を大きく包み込んだ。暖かい音色は長く続いた。
とはいえ、
ここで試合が終わった訳ではない。この後グリーンロケッツは、ラインアウトから一気にモールで押し込みまたもや追加点を挙げる。
29-52
トライを決めたのは川村選手だった。CGも成功、
31-52
ここでノーサイドなら、なんだか後味が悪くなったかもしれない。
しかし、今日のヤマハは最後を締めてくれた。
終了間際にトライ。五郎丸選手に代わりサムグリーン選手のCGも成功
そしてノーサイド
31-59 9本のトライ
快勝だ。MOMは文句なしに五郎丸選手だった。
試合後、ヤマハの円陣にあの4人組が帰ってきた。
前節の心配は杞憂だった、と言い切れる程隙のない試合ではなかった。しかし、
ヤマハは『ヤマハ』を取り戻しつつある。
ヤマハ発動機ジュビロHPが公表したタッキーさんのコメントは、安堵半分反省半分という気持ちが滲み出ていた。
■堀川監督
試合運営に携わってくださった関係者の皆様のおかげで、久しぶりの秩父宮ラグビー場で非常にいいコンディションの中、プレーできたことに感謝申し上げます。
先週の敗戦を受けて、NEC戦は自分たちのプライドを戻す試合にしたいと思っていました。そのような意味では、勝ち点5を取って勝利できたことは非常に満足しています。メンタル面では先のことを考えずその瞬間にフォーカスすること、またアタックでは前に出るディフェンスに対してボールを下げずにスペースに運びスコアに繋げるという点が修正できました。
ただ、まだまだ成長が必要な点もたくさんある試合でした。特に前半ラスト5分で2トライ、後半ラスト10分で2トライの計4トライはヤマハが今季強みにしてきた時間帯での失点になり、また相手の動きに適応できずに同じ失点をしてしまったことについては次戦への課題として修正していきたいです。
次戦の相手はキャノンイーグルス
監督沢木敬介さんは、サントリー監督時代にヤマハを研究し尽くしただろう。この智将は、無数の攻撃オプションを携えてヤマハスタジアムに乗り込んでくる。長年積み上げてきた『ヤマハスタイル』はどう応えるのか。
ラグビーファンは固唾をのんでその日を待っている。
〜あとがき〜
初心者が観戦記を書こうとした時、試合の流れをどう書くか毎回頭を悩ませます。用語の使い方一つ間違えただけで文章全体が壊れる危険を孕むからです。しかし、ルール、用語がスポーツの全てではありません。そういうジャンルは専門家の方にお任せして、初心者なりの視点とは何か、心がけて筆を進めています。
また会場写真は、観戦記には必須である反面、チームのプライバシー、選手の肖像権などいくつもの配慮が必要で、これも毎回悩みます。練習前の写真は、サインプレーなど、練習内容が分かりそうなものは載せないことを心がけています。
今回は五郎丸選手への惜別の念を主体に書き進めたつもりでしたが、想像以上にコミカルな展開になってしまいました。動物写真家のような心境でタッキーさんが動き出すのを待つ私、その焦る姿を笑っていただければ幸いです。
試合後一枚の写真を撮りました。
タッキーさんが誰をねぎらっているのかはわかりません。五郎丸さんならドラマチックですが。ただ、選手を気遣うタッキーさんの優しさが伝わるこの一枚が、ピンボケですがこの日のベストショットです。
タッキーさんは、テレビで見るよりずっと素敵な方でした。
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