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ちょっと変わった田舎暮らし、はじめます。#6思わぬ出会い?

10時半にチェックアウトを済ませて、少し大きめのリュックと手提げをもって改札を抜けた。山手口方面の電車に乗るのは、今日で3回目だ。

お昼前の電車に乗ったのもあって、席は空いていた。大きい荷物をもって腰を掛けた4人掛けの座席に座って、隣の席にリュックを置いて手提げは膝の上に置いた。

一番前の車両は乗客が少なく、のびのび座れることを知っている。
今日も小説を持ってきているけど、読む気にはなれなかったので窓の外を眺めて過ごすことにした。

4駅目で降りて、電車を乗り換えても席は空いていた。
窓の外を流れる景色が、だんだんと緑に染められていくように変化していく。「いいなぁ。」溜息が出るほど、綺麗だった。


終点の日向台駅に着いた。今日は中村さんが一緒に家の掃除を手伝ってくれる約束なので、最寄りの駅、といってもこれから住む家からは全く近くない、この町唯一の日向台駅で合流する。

日向台駅の5駅手前で『改札を出てすぐのところにいます』と端的にまとめられたメッセージが中村さんから送られてきたので、合流はスムーズに出来そう。

「おはようございます。早いですね。」
「おはようございます。待たせてしまうと悪いので。」
はにかむように笑う姿は相変わらず腰の低い印象。


「荷物、お持ちしましょうか?」
「あ、えっと、そこまで重くないので大丈夫ですよ!」
「…わかりました。荷物、すごくコンパクトにまとまってますね。」
「着回しの聞く私服ばかりで、自分でもびっくりしてます。」
なんて話しながら停留所へ向かって、バスに乗り込んだ。

バスで20分ぐらい揺られていると、家から一番近いバス停についた。 
そこからは、歩いてすぐなので、移動の総時間は50分だった。
家についてからすぐに掃除に取り掛かった。


始めたのが11時半ごろからだったのに、終わるのが16時頃だった。二人がかりで掃除してこの時間なら、一人でやっていたらどれだけ時間がかかっていたのか。

とりあえず、家の掃除がある程度できたので、中村さんとは別れて一息つける時間がやってきた。

前の家で使っていた家電類は明日届くので、今日は大学のころよく行ったキャンプで使っていた寝袋で寝るとして。夜に食べるものを買いに行かなければいけない。幸い、歩いて15分ぐらいのところにコンビニがあると中村さんから教えてもらったので気分転換と買い物を兼ねて散歩することにした。

「スマホは、持った。あとは、鍵か。」

戸締りを済ませて鍵を閉めたあと、家を出た。まだ土地勘はないけど、教えてもらった通りに道を進んでコンビニで買い物を済ませた後、近所の川へ行ってみた。

この町は川が有名で、穏やかな流れと比較的浅いこの川は、町民からも愛されていてとても綺麗に手入れされていた。夕焼けが写る川があまりにも綺麗で、思わず写真を撮ってしまった。


帰って家の鍵を開けて中へ入ると、部屋の電気がつけられるようになっていた。『電気と水道の手配はしておいたのでお風呂が使えると思います。ガスは明日になるそうです。』と中村さんからメッセージが届いていた。

何から何まで気の回る人で、少し宮野先輩を思い出した。


前住んでいた人が残していった小さなちゃぶ台のようなテーブルの上に、買ってきたお弁当と明日の朝食に食べる惣菜パンの入った袋を置いて畳の上に座った。

さっき撮った写真を眺めながらお弁当の蓋を開けて、割りばしを割った。
けど、食べ始める前に、お昼の掃除のときに洗っておいたお風呂を沸かしている間に食べることにした。

食べ終わった直後、お弁当の蓋を占めているとインターホンが鳴った。

誰かと思って出てみると、中村さんだった。
でもお昼とは少し様子が違って急いでいるように見えた。

「あの、今晩だけでいいので、この子を預かってくれませんか。」
そう言って脚の後ろにいるその子に隠れてないで出るように促した。

チラッと顔を出したその子は恥ずかしそうにこちらを見ていた。が、その子は人ではなくて”子熊”だった。

「びっくりさせたかもしれないけど、人を襲ったりはしないから安心してほしい。とりあえず、今晩だけでいいんです。」
急いでいるはずなのに、落ち着いて説明してくれた。

人と暮らしていたことがあること、町の人にも何度か頼んでいたこと、そのうえ、この子は人の言葉を理解しているし、しゃべれること。

結局、中村さんが急いでいる様子だったので、今晩だけと預かることにした。

「じゃあ、よろしくお願いします。」
「はい。」
中村さんの乗った車が見えなくなるまで見送った。

「じゃあ、中入ろっか。寒いし。」
「…うん。」
声は小さかったけど、本当にしゃべったように聞こえた。

「君、本当にしゃべれるの?」
「うん。」
今度はまっすぐこっちを向いて頷きながら返事をした。

「名前は、あるの?」
「えっと、ごろう。」
「オッケー、ごろうちゃんね。」


「うーん。コミュニケーションがとりやすいのはありがたいし。それに、悪い子じゃなさそうだし。」
「うーん。まあ、いっか。とりあえず、お風呂入ってゆっくりしよう。」


一人で静かに、ひっそりと暮らすイメージをしていたけど、このしゃべれるクマとの出会いでちょっとその予定は変わりそう?

こうして私のちょっと変わった田舎暮らしが初まったのだった。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。
一日目から色々とあった圭の今後をぜひ一緒に見ていきましょう!
ではまた!

梔子。

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