ちょっと変わった田舎暮らし、はじめます。#7ごろう
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人の子どもを預かるような勢いで、人の言葉を話す”子熊”を預かってしまった。いつも落ち着いている中村さんが、どこか切羽詰まった様子だったので思わず引き受けてしまった。
「はぁ。今晩だけ、なんだけど。不安だなぁ。」
たとえ人の言葉を話すとは言え、相手は人じゃないから警戒しないわけにはいかない。だって、熊だもん。
よく人を襲ったとか、目撃情報とかがニュースでも上がってくるし、多少怖いよ、そりゃ。でも気になる事が色々ある。
「ごろうちゃん、か。誰が付けた名前なんだろ。何で人の言葉を話せるんだろ。それに、なんで中村さんはあんなに急いでたんだろ。はぁ。何で引き取ったんだろ。」
落ち着いてみると色々考えてしまってちょっと後悔し始めた。
湯船につかりながら、溜息をついて顔を塞いだ。
そのまま少しの間、目を瞑っていると。
—カラカラカラカラ—脱衣所の戸が開く音がした。
「ねぇーねぇー。喉乾いたー。」
ごろうちゃんだった。
「あ、ちょっと待ってね。今出るから。」
本当に人の言葉を話すんだと改めて思った。あまりにもはっきりと話しているから、無邪気な子どものように感じてしまう。
喉が渇いたという子熊のごろうちゃんのためにお風呂から上がると、リュックの中からキャンプのときに使っていたシェラカップを取り出して、夜ご飯を買いにコンビニへ行ったときに買っておいたペットボトルの水を注いだ。
ごろうちゃんは私がそうしている間、この部屋の真ん中あたりに置かれた小さなちゃぶ台のようなテーブルの前に座っていた。シェラカップの半分まで水を注ぐと、ごろうちゃんの座っている前に置いた。
「お待たせ。これあなたのね。」
「ありがとう~。」
両手で落とさないように慎重に持ち上げて、口元まで運ぶその姿はやっぱり、人間の子どもとあまり変わりがなかった。
小さく喉を鳴らしながら水を飲み干すと、プハーっと言って見せたその子熊を見てさっきまでの後悔がどこかに消えてなくなったような気がした。
水を飲んだごろうちゃんがどこか笑顔になっているように見えたから。
ただ、やっぱり気になることは気になる。そういえばと思って部屋中を見渡しても、特に変わった様子もなく、私がお風呂に入っている間もおとなしく待っていたらしい。とても聞き分けが良くて少し驚いた。
そんな聞き分けの良いごろうちゃんに、ちょっとだけ質問してみることにした。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「うん?」
「ごろうって名前は誰が付けてくれたの?」
「うーんと、ケンゴ。」
「ケンゴ、ケンゴって、中村さんのこと?」
「うん。ケンゴはねー、遊んでくれるし、ご飯も一緒に食べてくれるんだよ。」
「仲、いいんだね。」
話しているうちにさっきまであった不安とか後悔は、安堵に変わっていった。
名付け親は中村さんで、3年前から中村さんにお世話になっているらしい。何で人の言葉を話せるのかは自分でもわからないって言ってた。
中村さんが急いだ様子でこの子を連れてきたときは、おとなしくて静かな子なのかなと思っていたけど、話してみるとおしゃべりが好きで元気な子なんだとわかった。
お風呂から上がって話していると1時間も経って、23時になっていた。
「あれ、もう11時になってたんだ。んーそろそろ寝るか。あ、ごろうちゃんどうやって寝ようか。」
私は寝袋があるけど、他に毛布とか布団とかはもっていない。
まだ荷物が届いてないから。
「寝袋に一緒に入るのは難しそうだしなー。」
リュックの中を見ていると、小さく畳んで専用の袋に入れていたシェルジャケットとダウンを見つけた。
「この2つでどうにか寝てもらってもいい?」
「いいよ~。」
そういって両手をひろげてこっちを向いていた。
何を意味しているのかが最初はわからなかったけど、ちょっと考えればわかった。
「はい、こっちに手を通して。次はこっちね。」
先に薄手のダウンベストを着てもらって、その上からシェルジャケットを着てもらうことにした。そうすれば、ふわふわしたその毛を巻き込まずに温かく夜を過ごせるだろう。
ダウンベストのボタンを留めているとき、パチパチと鳴る音にびっくりしているのが、どこか可愛かった。
着せている最中に気づいたけど、ごろうちゃんの毛並みはふわふわでついつい触りたくなるし、野生っぽい匂いもなかった。やっぱり、中村さんと暮らしていたのかもしれない。
スリーピングマットの上に丸まって袋に入っている寝袋をひろげた。普通なら銀マットを下に敷いたりもするけど、銀マットは私の寝袋の横に敷いて、ごろうちゃんが寝やすいようにしておいた。
そうして今日の寝床は完成した。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
頭をなでながらそう言って眠りについた。
電気を消した部屋は、慣れないからか少し寂しく感じたけど、私以外にごろうちゃんがいるって考えると寂しくないかもしれないな。名川町についてから、掃除に散歩にごろうちゃんに。色々あって思いのほか疲れていたのかすぐに寝ることができた。
明日からもちょっと楽しみになった気がした。
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最後まで読んでいただいてありがとうございます。
人の言葉を話せる子熊「ごろう」のことがだんだんわかってきますよ~
これからもお楽しみに!
梔子。
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