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読書をするということは、人としてどうあるべきかを探求すること。

江戸時代に言われてた、
読書のしかた。



読みたい本、ついついあれもこれも
買ってしまい。
読破しないといけないと、思い込み、
そう思えば、思うほど
なかなか手がつけられないという
本ありません??

江戸時代の国学者が
書いた本

『うひ山ぶみ』本居宣長著
という本があるんですけど。

当時の、
ベストセラーの本。

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江戸時代の日本人の、識字率は、
世界最高基準なので、
江戸時代は
ほぼ国民みな、
読書大好きなんです。

ということで、

今日は、うひやまぶみから


宣長先生の読書論を紹介します。


注釈ということで、以下わたしなりに、
キュレーションしました。

なぜ、本を読むか、それは、
人としてどうあるべきかを、
探求し、
実践するためである。
古の書物を読むことで、
人としての道を学び、
この国の成り立ちや、
日本だけに、伝わっている、
日本人としての生き方、などを知るべき。
古の本はたくさん紹介したが、
すべて、これらの順番を決めて読む必要もなく、
自分の都合に合わせて、1つずつ読破するのではなく、あれこれと、
複数読めばいいのである。

また、
言葉の意味を1つ1つ調べていく読み方より、
おおまかにざっと読んで、またあれこれ
他の書も読み、また最初に読んだ本に戻る。
そうすると、
最初に、理解できなかったことが、次第にわかるようになってくるのである。
つまり、
幅広く、何度も何度も、複数の本を都合によって気楽によめば、そのうち
理解がふかまり、
自分なりの、意見もでてくるようになる。

というようなことを
江戸時代の、先生がいっているのです。

これは、


いまでも、
通じることで、

私も読んでない本、途中の本。
たくさんあります。

本が大好きなので、
いろんな本を、
いろんなところに置いて読みます。

ほぼ中毒です。

で、ぱらぱらと
めくっていくと、そのとき心を打たなかった文章が、
違うときに読むとキーンと
心を打つときがあるのです。


本は根性で、全部よむんではなくて、
参考にしたり、
パラパラと
ページをめくって、
なんか面白いアイデアないかな?とか
そんな程度でさがしたり、

言葉や、文章や、言い回しの発見とか、
そうゆう側面からも、
本を楽しんでます。

ただ、
かの吉田松陰先生がいわれたように、
実践のない、学問は、
学んでないのとおなじ、
と戒めてますが、

そこは、
自身反省すべきところです。

今日は
そんなはなしでした。
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ではまた

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