【書評】ケイトウ夏子『例えば鳥の教え』
対象書籍 『例えば鳥の教え』
著者 ケイトウ夏子
出版社 ニシオギ製作所
発行日 2021年10月4日初版
価格 600円
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静と動、スカラーとベクトル
著者のケイトウ夏子氏は、日本現代詩人会の投稿欄で複数回の入選を果たし、さらに近頃では各新聞の歌壇欄にも度々掲載されている、新進気鋭の作家である。そのケイトウ氏の第一詩集が『例えば鳥の教え』だ。
この詩集の特徴を挙げるとすれば、「豊かな比喩表現」だろう。「膨らみ続ける袋を担ぐ/名前が書かれすぎて/模様と化した表面は/ひとみの結膜を覆っている/もはや衣装だ」(「砂漠のかたち」)「電線を渡る星たちを発見する/不規則な拍手の音を味わいながら/ゴミ袋を落とすと/真紅のとばりが降りてきた」(「引いた裾が幕になる日」)隠喩の連続である。超常的な景色がさも当然のように現れ、しかもそれをもったいぶることなく終わらせ、次の行ではまた新たなイメージが示される。だが、イメージそれ自体に動きはなく、むしろ静止画であり、それがめまぐるしく変わるモンタージュだ。イメージの変化は激しいがイメージ自体は静かであり、その対比が不思議な感触を生み出している。多くの詩が見開き1ページに収まっているのも効果的だ。ページをめくればそこにはもう別の詩世界がひろがっている。詩集を進めるたびに詩が変わり、さらにその詩の中ではイメージが次々と変わっていく。つまり入れ子構造だ。進めども進めども、「変化の連続」という静止。
作品自体にも触れよう。「地表に光をおろさない月の夜/空気を入れる/硬い音が聞こえる//長い付き合いだった/鏡と訣別したあたりから/わたしは/次に姿をあらわした/水を含ませた扉と向き合い/草を抜く作業に勤しんでいた/抜いた傍から後悔が/植わってしまうのは/どうしてだろう」(「草抜き」)この詩集の収録作は「u」音で終わる行が多い。つまり現在形であり、対象は過去も未来も関係なくその状態にある。空気を入れることも硬い音が聞こえることも、それがこの世界の理で、当然のこととして存在する。質量のみで動きは無い、スカラーだ。だからこそ「a」音が映える。これは過去からの連続、完了形だ。静止画ばかりの世界で珍しく動きを有している。「詩中主体が草を抜く」この動きはベクトルとして現れ、存在のみの世界へ干渉する。ケイトウ氏の詩はすなわち力学の冷静な描写だ。
(初出 『詩と思想』2022年6月号)
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