【読書感想】今週読んだ5冊
『ガラスの海を渡る舟』寺地はるな
・ガラス吹き職人の兄妹の話。
・兄が発達障害者(他者への共感性が著しく低い、衝動を抑えられないなどの症状がある)であり、妹は障害への理解がいまいち無い。障害者をキャラクターとして出す際は主人公は障害にある程度は理解があることが多い印象だったので、そうでないのは逆に新鮮。もちろんあからさまな差別はしないけど。
・「”障害があるなら必ず才能もあるはず”、それこそが差別と違うんか」というガラス吹きの師匠の言葉が刺さる。いわゆる「褒める差別」というやつ。「黒人は足が速くて凄いね」みたいな。他の人種と同じように黒人の中には足の遅い人もいるし、これといった才能のない発達障害者もいる。いまこれを書いている私自身もそうであるように。
・ガラス吹きという職人系の設定に、さらに「ガラス細工の骨壺を作る」という展開を加えることで物語がより引き締まっている。「ガラス細工なら何でも作る」お話ではなく、あえて骨壺に限定することで「死と向き合う」テーマが生まれる。本作は主人公たち兄妹と骨壺を依頼するお客さんたちが、身近な人の死と向き合う話でもある。
・吹きガラス職人、骨壺、発達障害。これら三つのテーマがカッチリ結びついている。特に「職人」と「発達障害」を組み合わせて「ちょっと変わった人だけど作品を作らせたら一級品の天才」みたいな安易な発達障害者像が生み出されなかったのは何気に凄い。発達障害者が専門性の高い仕事をやっていると「やっぱり才能があるんですね!」と思われがち。
・本作には優しい人とイヤな人の両方が登場する。主人公兄妹の妹のほうは、その中間。これといってイヤな感じではなくて世間的に見れば「良い人」の部類だけど、一方で兄の発達障害への理解がイマイチ無い。妹の心情を表す地の文で「人と同じように出来ないなら、同じようにできるように努力しようよ」みたいな一文があった。なんで他の人はしなくてもいい努力を、発達障害者はしなければならないのか。
『蜘蛛ですが、なにか? 2』馬場翁
・蜘蛛の成長を見守る話。
・前巻に引き続き、文章が、軽い! 地の文でもカジュアルな話し言葉全開! 蜘蛛なので喋れないから地の文がメインになるのは仕方ないけれども!
・主人公が敵と戦ってレベルアップしてスキルを習得していくのを見ていると、なんというかRPGの実況動画を見ている気分。オーディオブックで聴いてるから余計に。
・シンゴン教という宗教組織が出てきた。オーディオブックなので漢字は分からなかったけど、調べたら「神言教」だった。フィクション作品で宗教の名前に「シンゴン」と付けるのは、ちょっとどうかと思うよ。真言宗って知ってる?
・ラストにきて急展開。これまで蜘蛛がだんだんと強くなっていくのを観察するユルいラノベだったのが、ここにきて急速などんでん返しを見せる。端的に言うと、面白くなってきた。
『けいどろ』荒木源
・元刑事が元泥棒にダイレクト終活を依頼する話。
・「ボケてみっともなくなる前に殺してくれ」。出所した泥棒は、自分を逮捕した刑事にとんでもない依頼をされる。
・刑事物かと思ったら違った。おっさんとじいさんのハートフル物語。二人ともおそらく異性愛者ではあるけど、これがブロマンスというものだろうか。
・おっさんが一人のじいさんのために引越しして就職先を変えてじいさんの家族に接触して、少しでも彼のそばにいられるようにする。マジで「そこまでする!?」の連続。本人は自分がやってることの自覚なさそうなのがまた良い。なんという執着。ちなみに最後は女性キャラとフラグ的なものを立てて終わる。
・男が男のために人生を捧げる話。だいぶ湿度の高い作品なので、ハードボイルドなカッコいい刑事物を期待して読むと面喰うかも。私は良い意味で裏切られたけど。
『夏の終わりとリセット彼女』境田吉孝
・「いちおう付き合ってる」状態の彼女が記憶喪失になって、なんだかんだでヨリを戻す話。
・ド真面目なヒロインが不真面目な主人公と付き合おうと思ったのは何故なのか? という一応の「謎」を軸に物語が展開する。
・「正義の人」という香ばしいワードが初っ端から出てきたので警戒したけど、最終的には正義フォビアな感じのまとめ方ではない。むしろ「正しさを行使することで救われる人は確かにいる」という記述すらあった。
・「一人でいることは悲しいことだから」という台詞があるように、人は独りでは幸せになれない、という価値観に基づく作品。でも孤独もいいものだよ。ラブコメラノベに言っても無駄だろうけど。
・彼女との関係がどれだけこじれても「どーせ、このあとヨリ戻すんでしょ?」と思ってしまう。どうにも、異性愛作品は一歩引いた醒めた目線で読んでしまうね。
『嘘と正典』小川哲
・共産主義の消滅を目論む話。
・表題作『嘘と正典』が反共シュタゲって感じで面白い。作品自体は反共思想ではなく、主人公が「共産主義さえ無ければ世界はもっと平和だった」という考えの持ち主。CIA職員の主人公はある出来事から過去に電信を飛ばす方法を見つけ、それを利用してマルクスとエンゲルスの出会いを阻止して共産主義の消滅を目論む。果たしてその企ては成功するのか・・・!? というお話。冷戦下の描写が緊張感マシマシで良い。
・収録作『最後の不良』はショートショートのような少し不思議なお話。流行に流されるのは疲れるから、むしろ流行を無くしてしまおう! という価値観に支配された世界が舞台。ルーズソックスもミニスカートも七三分けもダメージジーンズも無い。ファッション、ライフスタイル、あらゆるもののカドが取れてフラットになった、言うなれば無印良品みたいな世界だろうか。私は流行とか気にしたことないのでピンとこなかったけど、世の中の流行に敏感な人には刺さる一作だと思う。
・マジック、競馬、音楽、冷戦。バラエティ豊かなテーマに彩られた短編集。マジック回では奇術の極意を洒脱に描写し、競馬では日本における競馬の成り立ちが綴られる。短いながらも、どれも丹念な下調べの末に書かれたことが分かる。やっぱり小説を書くうえで下調べって大事。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?