【読書メモ】今週読んだ4冊
『テスカトリポカ』佐藤 究
・とっても治安が悪い小説。麻薬カルテルが牛耳るメキシコの街から始まり、日本のヤクザ、半グレ、殺人犯など修羅の道で生きる人々ばかりが登場する。血と暴力の匂いが立ち込める作品が読みたい人にオススメ。ただし、かなりエグい暴力描写があるので注意。具体的には、腕を文字通り何の比喩でもなく「砕かれる」拷問シーンなど。
・文章は三人称多視点で書かれる。複数の登場人物の視点が縦糸と横糸を織りなして編んでいき、一枚の巨大な絵を描く壮大な構成。これ、プロットを組むの大変だっただろうなあ。
・新キャラが登場するたびに毎回長い長い身の上話、もといバックボーンを語るエピソードが始まるのだけど、どれも波瀾万丈で読み応えがあって「いいから早く本筋を進めろよ…」とイライラする感じは無かった。毎回そんなことをしていたら本筋が進まないのではと思うかもしれないけれど、本作はむしろそうしたキャラごとのバックボーンこそがメインとも思える。それくらい読み応えがある「人生」、ひいては「人間」を描いている。
・登場人物が多いのにバックボーンを丁寧に描いてくれるので、誰がどんなキャラなのかすぐに分かる。そのキャラの考え方、価値観、性格、そしてイカレっぷり。そうした非常識なまでに個性的な悪党どもの野望が交差する、これぞ群像劇の極みなり。
・「ぜってぇ面白いわこれ」ってワクワクする物語の運び方が巧い。メキシコから落ち伸びた麻薬カルテルのヤバい男と、メキシコにルーツを持つ怪力怪物の少年。二人が日本の地で巡り合う時、いったいどんな化学反応が起きるのか。導火線の火花が唸りをあげてひた走り、向かう先には巨大な爆弾。そんなハラハラがたまらない。
・悪人どもが立ち上げたビジネスが本当に邪悪の極み。よくこんなドス黒い発想ができるな、と作者の力量に畏怖すら感じる。目を背けたくなるほどおぞましいのに、一方でリアリティもしっかりとある。「その気になれば現実でもやれるんじゃない?」と思えるほどに。いや、やらないけど。
『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』三宅 香帆
・推し語りの言語化スキルを上げたい人のための一冊。以下は本書の内容と私の解釈をあえて混在させて書く。
・推しに触れて自分の中で渦巻く激情を言語化したいなら、他人の感想は見ないこと。他人の言葉に引っ張られて自分の感想に影響が出てしまうから。他人のパワーワードな感想を見てしまったら最後、自分の感想もいつの間にかそのパワーワードなものになってしまう。映画が公開された直後にありがちなTwitter大げさ比喩感想大喜利はその最たるもの。なんにでも「実質マッドマックス」と言う、アレのことよ。自分の中でしっかり言語化してから他人の感想を見ること。それまでは推しの名前や作品名で検索するのはなるべく避けたほうがいい。感想がまだ「ヤバい!」の段階で検索するのは悪手。
大切なのは「他人の言語化に頼らない」心構え。たとえ他の誰が自分より優れた感想を述べていようと、それは自分の感想ではない。自分が、自分の言葉で感じたことを綴ることにこそ意味がある。SNS時代の今は誰も彼もが目立とうと強い言葉を使いがちなので注意が必要である。
・推しへの感情を言語化する具体的なプロセスを紹介する。
①良かった箇所の具体例を挙げる
②感情を言語化する
③忘れないようにメモをする
これは推しや作品に触れた直後にすぐ出来るように習慣づけておきたい。そうすれば、他人の感想に触れる前に言語化できるので。
・「②感情を言語化する」について。言語化って具体的にはどうすればいいのか。それは推しの良かったところを箇条書きでいいので書き連ねること。自分用メモなので文法がメチャクチャでもこの際かまわない。「印象に残ったセリフ」や「なんかよかったシーン」をなるべく具体的に。「全体のフワッとした感想」ではなく、要点を細かく書くほうがいい。細かさを書ければオリジナリティのある文章になる。「すごい!」と思ったのなら「なにがどうすごいの?」を書く。言語化とは細分化である。
・よく「私には語彙力が無い」と言われるけれど、推しの感想を叫ぶ時に必要なのは語彙力ではなく細分化である。
・上記の他にも推しのプレゼン方法や、推しに対してポジティブな感情/ネガティブな感情を抱いた際の細分化の手法も具体的に解説されている。オタクの階段を一歩登るための一冊。
『新! 店長がバカすぎて』早見 和真
・おバカな店長と出版不況に振り回される書店員の女性の日常を描くお仕事小説。1巻の感想はこちら。
・コメディ調の作品かと思いきや、シリアスな展開もいい塩梅で入る。主に出版不況にあえぐ書店の現状や、30代で薄給、そして未婚である主人公の焦りを軸にした展開が多い。なお、未婚女性を否定・非難するような描写は無い。
・文体がカミソリの刃の如くキレッキレ、クセになる文章。おバカな店長への毒舌が炸裂し、ちょっと自嘲も混ぜるのも忘れない。Audible版で聴いたけれど、朗読者の演技が文章のドス黒さを引き立てていて最高。Audibleの名演技のTOP3に入る作品だと思う。ちなみに他の作品は『爆弾』、あと一つは募集中。
・店長のキャラがヘラヘラしたおバカキャラから一切ブレないのは、ある意味で安心感がある。たとえ次期社長である本社の専務に怒られていてもヘラヘラした態度を崩さないので。おバカな店長を軸に物語が形作られていると言ってもよい。フィクション作品においてはヘラヘラしたキャラは、ピンチになるとメッキが剥がれることが多い。叱責を受けてピキッたり、本性を表したり。しかし本作のヘラヘラキャラは終始一貫してブレずにヘラヘラを持続させている。ヘラヘラなのにメンタル体幹が強い。貫通行動がしっかりと設定されているキャラは良いキャラだと思う。
・今回は新型コロナウイルスの蔓延が物語に大きく絡んでくる。コロナ禍において書店の状況は大きく二分された。テレワークの普及で閑散としたオフィス街の書店と、巣ごもり需要で売り上げを伸ばした住宅街の書店。主人公の書店は後者だった。
こういう、舞台として具体的な年月日を指定している作品のなかで2020年以降が舞台となると、どうしてもコロナを要素に入れないと不自然になってしまうのが個人的にはちょっと辛い。今週読んだ『テスカトリポカ』も同じように2020年前後が舞台なので、コロナを展開の中に盛り込んでいた。個人的な感情の話になるけれど、あの時はプライベートでも辛いことばっかりだったからあんまり思い出したくないんだよな~
・出版業界の未来は暗い、という話が事あるごとに語られるので、読んでるこっちもちょっと落ち込む。ちょうど今週聞いたニュースでは国民の1ヵ月の読書量が「ゼロ冊」が6割と聞いたし(※)。活字をまったく読まなくなったわけではないけれど、人々の「テキストを読む」という行為のリソースをSNSに奪われている感じがある。みんな、SNSもいいけれど出来れば本も読もうぜ。
※1カ月「ゼロ冊」6割超 読書離れ進む―国語世論調査:時事ドットコムニュース
『きのうの影踏み』辻村 深月
・辻村深月先生がおくる怪談集。「ウワサ」や「都市伝説」が徐々に日常に侵食していく、ジャパニーズホラー的な真綿で首を締めるような恐怖を味わえる。作品数がけっこう多めの短編集であり、作風はハートウォーミング系からガチホラーまで幅広い。
・ショートショート的な、少し不思議な世界が詰まった短編集。途中まではほのぼのした話だったのに最悪のバッドエンドになった回があるので、たとえめっちゃ良い話でも最後まで油断できない緊張感を持ちながら読んだ。
・子どもの心理描写がやはり巧い。変に子どもっぽさを意識しないで自然に描かれている。
・オチが弱いと感じる短編もある。ホラー現象に対して理由付けや説明をあえてせずに、ナゾはナゾのまま終わる感じ。これは読者に想像の余地を残して恐怖を駆り立てる手法だと思えるものもあれば、短編集でたまにある「これオチが思いつかなかっただけだろ」とも感じる作品もある。
・Audible版で聴いたのだけど、「これぞオーディオブック!」と思える作品があった。『スイッチ』というタイトルで、本格怪談朗読さながらの演出がある。たった二文字であれほどの鳥肌が立ったのは初めての経験だったよ。ホラー小説とオーディオブックって相性が良いな、と思う。小説媒体は自分のペースで読み進められるし、同じ言葉をひたすら繰り返すなどの恐ろしい文章が書いてあっても読む前にページの目の端でそれを捉えてしまうため、ビックリ感が薄れる。だけどオーディオブックはどれだけ怖くても一時停止ボタンを押さない限り物語は否が応でも続くし、突然恐ろしい文章が朗読されても事前に身構えることができない。ホラー小説×オーディオブックのムーブメントがこれから来る、かもね。
・私は『タイムリミット』という作品がいちばん好み。あえて他の作家の名前を出すけれど、いきなり山田悠介先生みたいな設定のデスゲームが始まるのがテンション上がる。月イチでデスゲームを実施する県とか、いったい誰が住むのよ。なんでみんな引っ越さないのよ。
デスゲームも短編だとまた違った味わいがあるなあ、とも思った。死と生の境界に立たされた人間の葛藤を切り取るのに、この短さは効果的かもしれない。デスゲームの醍醐味は極限状態における人間の心理の変化だと考えるので、そこだけクローズアップして描くのはインパクトがある。『タイムリミット』の長さは掌編と短編の中間ぐらいで、つまりは短めで読みやすいので、よかったらぜひ。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?