気づける人へ
私はノンバイナリーとかXジェンダーとかそんなような呼び方をされるものである。
身体は女性。指向はアセクシュアル・アロマンティック。
さて、ここに書いてあることが今のあなたにはググらずにわかるだろうか。
そんな人間がさして多いとは思わない。
自分に性別があるということ、ずっと違和感があったけれども、そんな性質に名前があるということなど、ド田舎の限界集落で生まれて、ジェンダーだのフェミニズムだのの薫陶をまるで受けずに成人したあとずいぶん経つまで、考えたことすらなかった。
世の中にゲイとかバイとかレズビアンとかトランスジェンダーと呼ばれる人々がいることは、マンガなり映画なり小説なり、いろんなメディアから情報を得ることができたけれども、Xという言葉がそこに並び始めたのはつい最近、私が30を超えてからのことだ。
私自身、働き始めて広告論の勉強を始めたタイミングで、初めて知った。
恋愛・性交に前向きでない女性は多い。
全く何にも思いやしなかったけれども、女性身体側だとそれでも性交はできてしまう。何にも思わないので不快感もなかった。ただ、何なんだろうかなあこれはと思っていたし、世の中がそうしたことに血道を上げるのも意味不明だなあと思っていた。
しかしね、これはなかなか疑問を持たないよ。強く「なりたい身体」や「欲求・衝動」があるわけでもないからだ。なんにもないんだもん。嫌悪感も執着も。
単に極端にヤルキレスな人間なのだろうと思っていたよ。
さて、気づける人よ、私はずっと気づかなかったぞ。そんなものがあるなんて知らなかったし、誰も教えてくれなかったし。たまたまこんな仕事を始めなければ、最後まで気づかずに死んだかもしれない。
私はマジョリティかね?
あのさー、人間がこの世に何があって何がないのか、全部わかるなんて思わねえ方がいいぞ。
気づけるの、幸福なことだよ。その概念は既に見出されているということだ。