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【掌編・不純情小説】舐めた野郎だ


女は男の浮気を見抜く鋭い嗅覚を持ち、男は鈍感で簡単に女に騙される。確かにそれはあたっているだろう。
だが、女だってボロを出す時はある。

俺はカズの店で飲んでいた。カズとは古いつき合いだ。彼はベテランのバーテンダーで、うまいカクテルを飲ませてくれるだけでなく、長年の経験からか人の本性を見抜くことにたけている。そんなカズに俺は一目を置いていた。

「こんばんは」

安美が店に入ってきた。そろそろ来る頃だろうと、俺は彼女を待っていたのだ。

「やあ。来るだろうと思ってたよ」

「あら、嬉しい。お昼にも会ったのに、またあたしに会いたくなったの? 知らないわよ、瑞穂さんに気づかれても」

安美はカズの店の常連だが、俺は昼間に彼女とよく会っている。安美は、法人向けに資産運用のコンサルティングをしている俺の、お得意先の社長秘書なのだ。今日も、社長とのランチミーティングに安美が同席した。

「その瑞穂のことで聞きたいことがあるんだ」

俺は待ちきれない心持ちで、席に腰掛けたばかりで上着も脱いでいない安美に問いかけた。

「え?どうしてあたしに? あたし、瑞穂さんのことなんてよく知らないわよ。こことか、リッキーの店で二、三回会ったことがあるくらい」

安美は怪訝な顔をしながらカズにカクテルを頼んだ。「あいよ!」というカズの陽気な返事が場を和ませてくれた。俺は安美に気をつかう余裕もなく尋ねた。

「そのリッキーと瑞穂のことだよ。二人はつき合っていたことがあるんじゃないか?」

「へ? リッキーと瑞穂さんが? それっていつの話?」

安美は驚いた顔で聞き返してきた。
カズは無言でライムを搾っている。
俺は自分を落ち着かせるために、左手をかけたままだったグラスを持ち上げて、ウイスキーを一口飲んだ。ゴクリと喉が鳴った。

「俺たちが結婚する少し前。瑞穂が東京からこっちに戻ってきた頃だから、5年か6年くらい前かな」

ぷっと吹き出して安美が笑った。同意を求めるようにカズの方を見ながら、俺に手のひらを振った。

「ないない!それはないよ。だってその頃だったらリッキーはとっくに結婚してるもん。23くらいだったかな? 彼、結構早く結婚したのよ」

リッキーのことを安美に聞こうと思ったのは、二人が幼馴染で、今でも仲がいいとカズから聞いていたからだ。リッキーはこの界隈でバーや居酒屋、カラオケスナックなどいくつかの店を持つやり手の事業家だ。自分自身はバーに立ったり、居酒屋の厨房に入ったりと気分次第で店に出ているようだ。
俺はいったん話をやめた。次に聞きたいことを口にするのは、安美が一息ついてからにしようと思った。
カズは常連や友達の会話には、いつも心地よい相槌を打って、客の会話が滑らかに進むように気をつかうのだが、この夜の俺と安美の会話には無言を通していた。
ジンライムと小さなチョコレートが安美の前に置かれた。安美は嬉しそうにしている。
カズは安美に世間話を振った。

少し時間を置いてから、俺は安美に聞いた。

「不倫してた…ってことはない?」

安美は顔を曇らせた。

「リッキーに限ってそれはないわ。あたしは小さい頃から彼を知ってるの。そんなことする男じゃないよ。リッキーはとても家族思いなの」

俺は頷くしかなかった。
安美は気を悪くしたようだった。ジンライムを飲み干すと、友達と約束があると言って店を出ていった。もしかしたら、リッキーの店へ行って、俺に聞かれたことを彼に話すかもしれない。

店には俺とカズだけになった。そしてカズが言った。

「ああ言ってるけどさ、安美は幼馴染のリッキーを信じたいんだよ。二人とも似たような境遇で育って、一緒にグレて連んでいた時期もあったから。
 でもよ、瑞穂さんと彼がどうだったかは知らないけど、リッキーは結構遊んでるよ。安美が知らないだけで、俺ら同業の間では、客に手を出すのが早いって噂されている」

やはりそうか。俺は確信した。
瑞穂は、東京からこの街に戻ってきたばかりの頃、妻子ある男性とつき合っていたことがあると、俺に打ち明けていた。
俺と知り合う前のことだから、瑞穂が俺に不義をはたらいたわけではない。
しかし俺はあの男に腹を立てている。嫌な奴だ。

二人の結婚が決まった頃、俺は瑞穂に案内されて、リッキーのバーに行った。瑞穂はこの人が結婚相手だと、俺を彼に紹介した。この時俺は、リッキーの礼儀正しさに好感を持った。そしてカクテルを彼に作ってもらったが、瑞穂に促されて、長居はせずにカズの店に移った。

結婚後、瑞穂は会社を辞めて俺の事務所を手伝うようになった。
ある日突然、リッキーが事務所を訪ねてきた。当然俺は、資産運用の相談に来たのだと思った。
ところが、彼を出迎えた瑞穂の目には怒りの色がある。
リッキーは事務所の中に入ってきて、応接セットに腰をおろした。ひと通り事務所の中を眺めて、俺に笑顔を見せた。俺は彼の態度に苛立たしさを感じながら

「ご用は?」

と問うた。彼は口をひらいた。

「融資の相談に乗ってくれると、瑞穂さんから聞いたものですから」

「ちがうわ。そういう仕事ではないって言ったはずよ」

瑞穂が口を挟んだ。事前に彼から瑞穂に問い合わせがあったのだろうか?
俺は資産運用の専門家、つまり投資の案内はするが、金貸しではない。そのことを説明すると

「えー、そうだったんですね。すみません、勘違いしてました」

リッキーはにやけ顔のまま、事務所を出ていった。帰り際に一度振り返ったが、瑞穂は奥に引っ込んでいた。

カズの話を聞いて、瑞穂が以前つき合っていた妻子ある男がリッキーだということを俺は確信した。

手放した女の夫がどんな事務所を構えているか覗きに来たのだろうか?
それとも、瑞穂はオレの女だったんだと、俺に仄めかして優越感を味わうために来たのだろうか。
あのゲス野郎。舐めた奴だ。

(了)


©️2024九竜なな也

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