短編不純情小説【届いた柿の味】①【全5話)
① 幼なじみ
「先だっては、せっかくお立ち寄りくださったにもかかわらず、何のおかまいもできないどころか、ろくに再会の喜びを申し上げることもせず、普天間様に稚拙な態度をとってしまったことを恥じております。その節はたいへん失礼いたしました。
このようなものを送ってかえってご迷惑になるのではないかと迷いましたが、あの時のお詫びを申し上げなければ私の気が済みませんでした。勝手ながらインターネットであなた様のお顔の映ったご職場のホームページを見つけることができたので、そちらへ送らせていただいた次第です。
母の生まれ故郷である和歌山の柿でございます。沖縄では柿を食べる機会も少ないのではないかと思いまして。決して高価なものではございませんが、ご賞味いただけると幸いです。
最後になりますが、普天間様のご多幸を祈っております。この先もどうぞお元気で。」
黒インクで手書きされた手紙を、哲生は二度繰り返して読んだ。それを封筒に戻してどこかにしまおうとしたが、もう一度手紙を開いて、今度は書かれている文字を見つめた。達筆とは言えないが、一文字一文字を程よい筆圧で慎重に綴ったことがうかがえる文字の連なりだった。
香りの良い木箱に緩衝材に包まれた柿が八玉収められ、その上に和紙の封筒に折り入れられたこの手紙がのっていた。
手紙をデスクの引き出しにしまってから、哲生は窓の外の曇り空にぼんやりと視線をやった。
「てっちゃん」「さっちゃん」と呼び合っていた幼なじみに宛てられた手紙にしては、過剰に丁寧な文体だった。自分に関わって欲しくないという、幸代の拒否感が感じられた。最後になりますが…という末尾の一節に、それを哲生に伝えようとする彼女の意思が読み取れる。
それは哲生の思い過ごしかもしれない。しかしそれが違っていたとしても、そう思うことで誰も困ることはない。
商用で訪れることが多いある都市のオフィス街からほんの二駅の所にその街はあった。幼少期を過ごした小さな街だ。出張先での用務が予定より早く片づき、哲生はふと思い立ってこの街まで足を伸ばしてみた。
当時は安いアパートがひしめき合っていた界隈を40数年ぶりに訪れたところで、街はすっかり変わっているだろうし、あの頃の友人たちが今もそこに暮らしているとは思えない。
だからそこで幸代に会えるとは予想していなかった。いや、心の隅では期待していたのかもしれない。
ひとつ気になることがあった。「あの時のお詫び」とは、いつのことを言っているのだろうか…
(つづく)
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②逃げ出したあの日