【短編連載・不純情小説】リバーサイドマルシェ②
俺が多香美に声をかけたのは、店で多香美を見かけるようになって一年ほど経った頃だ。その頃から多香美はいつもの友人とではなく、カウンターの隅でひとりで飲むようになっていた。
ある週末の夜、見慣れない男女の三人連れがカウンターに陣取っていた。いつもの席を奪われた俺は、そのグループからひと席空けた右寄りのスツールに腰掛けた。
すでに来ていた多香美は一番右端の席に座っていて、俺との間に空いたひと席に赤いハンドバッグと、水色のカーディガンを置いていた。傘の深いペンダントライトの薄灯りが多香美の姿を浮き上がらせている。服装の感じからすると、多香美は会社勤めのように見える。開襟の白いシャツの袖から細長い腕を見せていた。明るいグレーの色をした格子模様のロングスカートは、夏の終わりにあわせた選択のように思えた。ウェーブのかかったセミロングの黒髪が、肩と背中に軽く乗っている。
視界の端に多香美の風貌を認めながら、俺はロックグラスに注がれたスコッチウイスキーを一口舐め、それから煙草に火をつけた。
落ち着いたところで多香美の方に目をやると、同じロックグラスに注がれたライトグリーンのカクテルが、半分くらい残されていた。グラスには薄く切られたライムが刺さっている。灰皿の上に置かれた細身のメンソール煙草の先から、煙が真っ直ぐに伸びていた。
俺は多香美に話しかけてみようと思った。
つづく 2/7
©️2024九竜なな也
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