吉本ばななさん著『キッチン』感想散文
食べることは生きること。
ならば、大切な人においしいものを食べさせたいという欲求は、あなたに生きてほしいという原始的な愛情表現なのかもしれない。
吉本ばななさんの『キッチン』はあまりにも有名かつ名作で、読書好きならずとも、タイトルを知っている方は多いのではないだろうか。
とても雑な説明をすると、キッチンで眠るくらい料理が好きな天涯孤独の主人公、みかげが、少し変わった少年、雄一と彼の元父親でありながら、今や母親となったえり子さんと仲を深める話だ。
柔らかな文体から、ついハートフルな展開を想像するが、泣きたいくらいの優しさの中に恐ろしく残酷な別れもあったりする。読み進める間ずっと、まるで油断できない美しい物語である。
そうしてずっと、主人公の伸びやかさや、少年の風変わりな優しさや、彼の母の美しさから目が離せない。
作中、みかげがあまりにもおいしいカツ丼を食べ、雄一にも食べさせたいと夜な夜な彼にそれを届けに行くシーンがある。雄一は大切な人を失くしたばかりで塞ぎ混んでいて、二人はとても離れた場所にいた。みかげは遠路はるばるタクシーに乗り、なぜだか壁もよじ登り、雄一においしいカツ丼を届ける。
二人は恋人でもなければ、家族でもないが、そこには大切な人に向けられる眼差しのようなものが横たわっているように思えた。みかげの一見コミカルにも思える行動は、ショックのあまり消えてしまいそうな雄一にもっと生きてほしいと訴えかけていた気がする。
作中のおいしそうな食事の描写はどれもとても魅力的だった。もっと言うならば、食事に生かされる人々の躍動感はもっと魅力的だった。
たくさんある吉本ばななさんの作品の中で、はじめて読んだ作品が『キッチン』でとても幸運だったと思う。
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