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自伝

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2019年6月の記事一覧

命って2

なぜ亡くなってしまったのか、
薬とのことだった。
減っていく体重に対し、
薬が多かったとのことで
飲みすぎて自ら死んでしまったのか
体力がなくて亡くなってしまったのか
今ですら、わからない。
ただ当たり前だけど亡くなるということは
もう本人に確かめることが出来ないのだ。
昨日まで一緒にいたのに、そのことが
不思議な感覚だった。

このことは悲しみと共に、
冷酷な自分を感じることにもなった。

彼女

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命って。

歩く練習や外にでる練習をして1年半が経ち
電車に乗る練習をはじめた。
それまでは母の車で病院にいっていた。
また週末は
外にでる練習には両親が付き合ってくれた。
地区センターでバトミントンを両親とやりにいった。無骨な感じでシャイな父が
体育館でバトミントンをしてくれるのが
意外で、それだけ私に元気になって欲しかったのだと思う。
電車に乗る練習で病院に1人でいった。
私は治したいモチベーションのひと

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普通の23歳になりたい。

彼と疎遠になってから
家にただいて20時間寝るような
生活が続いた。体重も30キロ代になることかまあった。
医者の方針で私は頭が働きすぎて
疲れ切っているから薬で眠らせて疲れを
とるということだったようだ。
薬で前にも書いた通り、
歩けなくなったり、色々な当たり前が
出来なくなっていた。

ただ前に書いたように
両親との関係を改善する中で
このまま人生終わりたくないという
気持ちが強くなっていた。

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無責任な私

私子供が欲しい
絶対が欲しい。

そうお願いした。
当時両親にも愛されてないような気がして
友達も壊れた私への戸惑いから離れていく。
私は絶対愛せるものが欲しかった。

彼は、それは俺の子でもあるんだぞ。
いいの?と言った。
私は嘘をついた。
あなたの子がいいと。
愛してるなどと言った。

100パーセント嘘というわけではなかった。
ただそこまで深い覚悟もなく
ただただ子供が欲しい。誰の子とかあま

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再会

何年ぶりかに
いきなり電話をして
いきなり、私壊れちゃったんだ
と打ち明けた。

今思えば久しぶり、元気だった?とか
あの時ごめんねとか
もう少しあったであろう。
ただ余裕があまりになかった。

そっか。と言われた。
だから会いたいんだよね。

わかった。何分後?

話は早かった。
あまりに早かったことで
何も言わないでも、受け止めてくれる
この人は運命の人かもしれないと
少し思った。

会ってす

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17年間恋した彼

私を1番苦しめてきた、恋について
描きたいと思う。
苦しめてきた恋ってまるで被害者みたいだが、
恋は人間にとって1番ストレスだと
臨床心理士さんから聞いたことがある。
ストレスとは感情が揺れ動く幅のことを言うらしい。幸せを感じた後ふと
急にこの幸せはいつまで続くのか?と
不安になるなんて
すごい感情の幅だと思う。
1番感情が揺れたのが彼だった。

彼とは私が学生だった18歳で
出会った。18歳の私

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父との関係はわかりやすい分
母より楽であった。
父は所謂団塊世代の九州男子で不器用。
私が繊細な部分があり不器用。
殴られ怖かった。簡単に言えばこんなまとめになる。

母はお母さんと呼ぶより
ママってイメージで
可愛い人と言われていた。
大学生で私を産んだが
お嬢様で、悪いことはしないタイプであった。

私は中学のとき、父が単身赴任なことを
いいことに、一瞬特攻服をきたり
集会にいったりしていた。

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父と向き合う。

まずは父に自分の気持ちを
伝えることにした。

私を
どうして殴ったのか?
1番許せないのは、殴られても
どんなに嫌でも小学生や中学生の
自分は家を出る術を知らず
父に従うしかなかった。
自立することが選べない段階で
そーゆーのは卑怯だと伝えた。
私はおかげで病気になったと言った。
父が今なんで、普通に生活しているか、
それは私が虐待に負けず、死ななかったから
犯罪者にならずに社会的立場を
保てて

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親子関係

両親が仲が良く、弟は優秀だった。
私には
すごく葛藤がある家庭環境であった。

ちなみに今両親のことが大好きで
弟と兄弟でほんとによかったと思う。
私の考える
幸せに欠かせないと思うのは最終的に
やはり親を愛することだと感じる。
両親に愛されることよりも
両親を愛することのが大事に感じている。

両親も人間だと理解し、
おこがましいけど
両親の未熟さを受け入れ許していく。
状況によっては難しい人も

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22歳突然自分が壊れた。

望まぬ方向に恋愛が進む理由に
自己肯定感の低さがあると前回書いた。

その自己肯定感が突如下がった事件がある。
地獄の日々のはじまりだった。

きっかけはサラリーマンの方と
付き合っていたが振られた。
私も会社員で所謂普通のカップルだった。
時間が合わなくなり、転勤となり
振られた。ただそれだけのことであった。
それから1週間後の京急で
あ、私壊れる、、と思って壊れた。
壊れてからというもの
私は

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