ジャ・ジャンクー『山河ノスタルジア』変わりゆくものと変わらぬもの
ジャ・ジャンク-が『罪の手ざわり』(2013年)の次に撮ったのがこの『山河ノスタルジア』(2015年)である。20世紀最後の年1999年の新年を迎えるダンスから始まる。 ヴィレッジ・ピープルの有名なヒット曲 「ゴー・ウエスト」に乗せて、ジャ・ジャンク-のミューズ、ほとんどの作品に出演しているチャン・タオを先頭にみんなで楽しそうに踊っているオープニングだ。21世紀を迎えつつある明るい未来が示唆されている。これはラストのチャン・タオが雪の中の故郷で一人踊る場面と対となっている。
1999年から2014年、近未来の2025年までの26年間の長大な人生ドラマである。チャン・タオ演じるタオという女性の3つの時代の人生を描いているのだが、経済成長とともに変わりゆく中国に飲み込まれていった人々と、変わらぬ山河や故郷と変わらぬ人々の心を対比的に描いている。成熟の域に達しつつあるジャ・ジャンク-の人生絵巻。いつものような印象的な映像演出はあるが、やや凡庸な印象がある。『プラットホーム』や『青の稲妻』に比べて、チャン・タオがそれほど魅力的には感じなかった。
凍った黄河で3人で花火を見るロングショットが美しい。そして凍った河とダイナマイトの爆発。子どもを裕福な夫の元へと手放す決断をしたタオと、凍った川面でボンボンと爆発が起きる印象的な映像がある。それは人間たちの飽くなき欲望とそれを包み込む広大な河の自然を映しているようだ。故郷の町フェンヤンの炭鉱のオーナーになる成り上がり実業家 ジンシェン(チャン・イー)は、市場経済化し西欧化する新しく変わりゆく中国そのもの。息子に米ドルの名前ダオラーと付ける。友の炭鉱労働者リャンズー (リャン・ジンドン)は取り残された中国。タオはその間を揺れ動く。ジンシェンは自慢気に赤い高級車を見せびらかし、タオをめぐって三角関係になった友リャンズーを殺すためにピストルを手に入れようとする。代わりにダイナマイトを車のトランクに用意し、それを見つけたタオが、「頭おかしいの?」と言って黄河でダイナマイトを爆発させるのだ。
タオがジンシェンとの結婚を決めた後、バイクで田舎道を走っていると、突然燃えながら墜落するグライダーが映し出される。幻のように。あるいは、2025年のタオとジンシェンの息子ダオラーのそばに降りてくる赤いヘリコプター。ジンシェンが撃つあてもなく集めているピストル。これら花火やダイナマイト、ピストル、赤い車、グライダー、ヘリコプターなどは、経済や欲望の象徴的な意味合いで頻繁に出てくる。
一方、列車は懐かしい庶民的な乗り物として描かれる。タオは父と列車で旅をしながら、結婚相手がジンシェンであることを父に告げる。あるいは父は旧友に会うために列車に乗り、駅舎で眠るように亡くなる。タオは悲しみを抱えて列車で病院へと向かう。そして2014年のタオは、息子のダオラーと特急ではなく各駅停車の旅をする。少しでも一緒の時間を過ごすために。
また、1999年の春節の祭りやステージでの歌、ディスコ、婚約写真の撮影、2014年タオが挨拶する結婚パーティーなど、華やかなセレモニーが何度も登場する。また花輪をいっぱい飾った野外でのタオの父親の葬式場面も印象的だ。息子を無理やり跪かせるタオ。セレモニーごとに、それぞれの人生は移ろっていく。
鍵というモチーフも重要だ。タオにフラれたリャンズーが故郷から出ていく場面で、家の鍵を投げ捨てる。2014年にリャンズーが肺の病気になって故郷に戻り、タオに病院代を工面してもらう場面で、タオはリャンズーに捨てたはずの鍵を渡す。同じようにタオは、再会した息子のダオラーに、「いつ帰ってきてもいいのよ」と家の鍵を渡す。2025年、英語しか話せず、父のジンシェンとコミュニケーションが取れないダオラーは、母のような教師ミア( シルビア・チャン )と恋仲になる。ダオラーとミアは、母との思い出のドライブを反復し、大事に首から下げていた鍵と母タオの思い出を泣きながら語りだす。故郷の変わらぬものとしての鍵。
1999年から2014年までリャンズーの部屋に置き去りにされていた赤い結婚式の招待状、タオの赤い服や、ジンシェンの赤い車など、赤も印象的に使われている。タオが作るギョウザや息子と聴く流行歌など、時代を超えてあるモノや料理や歌、反復される思い出など、変わらぬものもしっかりと描かれている。最後にタオが一人踊る場面で遠くに見える故郷フェンヤンの塔の存在も印象的だ。タオはギョウザを作りながら、「タオ」と呼ぶ声に振り返るが誰もいない。変わらず犬と待ち続けているタオの日常が、ラストの一人踊るロングショットとともにせつない。
風景や事物やダンスや歌を的確に使いながら、変わりゆく時代の変わっていく人間たちと、変わらぬ心や日々の営み、故郷の大いなる山河がそこにあり続けることの大きさを描いている。
2015年製作/125分/PG12/中国・日本・フランス合作
原題:山河故人 Mountains May Depart
配給:ビターズ・エンド、オフィス北野
監督・脚本:ジャ・ジャンクー
プロデューサー:市山尚三
撮影:ユー・リクウァイ
美術:リュウ・チァン
音楽:半野喜弘
キャスト:チャオ・タオ、チャン・イー、リャン・ジンドン、ドン・ズージェン、シルビア・チャン