2024年10月期秋ドラマ総括

◆NHK大河ドラマ『光る君へ』 大石静脚本
まずは10月クールドラマではないが、一年間の放送が終わった大河ドラマについて。
戦いや戦乱をほとんど描かない珍しい大河ドラマだった。平安時代の貴族文化の男女や権力争いの謀略、そして政(まつりごと)と愛と誓いを、現代まで読み継がれるベストセラー『源氏物語』を書きあげた紫式部(吉高由里子)と藤原道長(柄本佑)を中心に描いたドラマだった。

大石静脚本は女性の視点から徹底して描き、壮大なフィクションとして紫式部と藤原道長との関係をソウルメイトとも言えるような愛を誓った二人として描ききった。歴史的事実はどうあったにせよ、想像力を駆使した物語として楽しめた。しかも女性は政(まつりごと)には参加できず、娘を位の高い者へと嫁がせるという政争の道具でしかなかった平安時代の現実を浮き彫りにした。そんな中で紫式部は物語を書くことによって、人の心を動かそうとした稀代の才女。なかでも皇太后(見上愛)の自立する心を目覚めさせた功績は大きい。道長の正妻の倫子を演じた黒木華、清少納言のファーストサマーウイカ、藤原 兼家の段田 安則、藤原実資の秋山竜次、藤原彰子の見上愛、藤原行成の渡辺大知など個性的な役者陣の達者ぶりが楽しめた。

「このよをば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」と歌った藤原道長という人物。この有名な「望月の歌」、「望月が欠けていないような<わが世>を手に入れた」と解釈される傲慢な道長像ではなく、心優しきナイーブな道長像が描かれた。まひろ(紫式部)と「民のための政」を誓い合った道長は、何度も「月」を見上げることで、二人の約束を思い出していた。「誰かが今、俺が見ている月を一緒に見ていると願いながら、俺は月を見上げてきた」と道長はまひろへの変わらぬ愛を晩年に告白し、『源氏物語』に「人の一生の虚しさ」を感じ取ったと語った。いずれにせよ、「月」が二人の重要なモチーフになっていた。道長もまた娘たちを自ら権力の維持のために利用してきた後ろめたさを感じ、「民のための政」などできたのだろうかと自らに問う。「一人では成せなかったことが、次の代、その次の代で成せるかもしれない」とまひろは語り、道長もそんな満月を願っていたのかもしれない。道長はそれでも「平和な時代」を続けることが出来た。そしてまひろは最後に武士たちが戦地へ馬で駆けつけるのを見て、「戦乱の時代が来ること」を予感して終わる。戦いなど無くても、それぞれの心の動きを丁寧に描くことで、見事に一年間のドラマを見応えあるものにした。

◆『海に眠るダイヤモンド』(TBS) 野木亜紀子脚本
ギヤマンというガラス工芸の花瓶とコスモスの種という道具立てを巧く使いながら、ラストは端島が海の向こうに見える満開のコスモス畑という見事なカットを作り出していた。花と花瓶に思いを込めたそれぞれの夢。1960年代の長崎の端島と現代の東京を行きつ戻りつしながら、神木隆之介を過去と現代の別の人物の二役を演じさせ、ミステリーの要素を引っ張りにしながら、見事にそれぞれの時代と人物を描き切った。確かな構成力と端島を壮大なセットで再現し、そのスケール感に脱帽のドラマだった。
杉咲花がいつまでもベンチで待ち続ける姿がせつなかった。「私の中に、みんな眠っている。」と呟く宮本信子。「ここにも鉄平が来ていたかもしれない。誰もいなくなっても誰かが覚えてくれる。見たはずのない景色を夢に見る。」「何千万年も前に芽生えた命が海の底で宝石へと変わる。見えなくてもそこにある。」誰でも心のうちに抱えている大切なダイヤモンドとは何か?そんなことを考えさせてくれるドラマだった。

◆『マイダイアリー』(朝日放送) 兵藤るり脚本/清原果耶,佐野勇斗,見上愛,吉川愛,望月歩,中村ゆり,勝村政信
なんでそんなに相手のことを考えるの?傷つきやすい世代の優しい若者たちの恋と友情のドラマ。もっと自分の好きなように生きたらいいのに…、なんて旧世代のオジサンは考えてしまうが、それだけナイーブなのだろう。5人のキャスト(清原果耶,佐野勇斗,見上愛,吉川愛,望月歩)の空気感が素晴らしかった。脇の中村ゆりと勝村政信もナイーブな若者たちを見守る大人として好演。大きな事件や劇的な展開などなくても、些細な日常の出来事を丁寧に描くことで成立するドラマ。『いちばんすきな花』や『海のはじまり』などを手がけた生方美久脚本ドラマの流れが、この兵藤るりドラマにも引き継がれている。小道具の使い方一つで、見事なドラマが構築されることを立証したような作品。映画館でのポップコーン、絆創膏、人前でのあくび、ライオンの着ぐるみ、一枚の絵、左右バラバラの靴下、手で表現する感情、フィルムカメラ、ギフトと数式、遺骨の小瓶、包み紙とリボン、雨と傘・・・。ラストは天気雨と傘で強く信じあえる二人の関係を描いた。

◆『モンスター』 (関西テレビ) 橋部敦子脚本/趣里、ジェシー、宇野祥平、音月桂、YOU、古田新太
見事に毎回、不利な状況を起死回生の逆転劇に持っていく橋部敦子の脚本がお見事。橋部敦子は『半径5メートル』(2021年、NHK)、『津田梅子〜お札になった留学生〜』(2022年、テレビ朝日)など最近充実しているように見える。そして何よりも趣里の弁護士キャラクターぶりが素晴らしい。小気味いい切れ味のドラマだった。

◆『ライオンの隠れ家』(TBS) 徳尾浩司、一戸慶乃脚本/柳楽優弥,坂東龍汰,齋藤飛鳥,佐藤大空, 桜井ユキ,岡山天音、でんでん、向井理、尾野真千子
自閉スペクトラム症の役を演じた坂東龍太がネットで話題になったようだが、『アルジャーノンに花束を』のユースケ・サンタマリアや山下智久など、この手の障がい者モノは定期的に作られている。子役のライオンを演じた佐藤大空くんも良かったし、何よりもライオンの絵が魅力的だった。是枝裕和監督の『誰も知らない』で育児放棄された少年を演じた柳楽優弥くんが、時を超えて少年を保護する側に回る役というのも感慨深い。ミステリーサスペンスを引っ張りにしながら、自分たちの居場所をどう作っていくか(ライオンのプライドの仲間)という物語だが、事件が解決した後の最終回で、群れ(プライド)から離れて自由に飛び立つウミネコを描いたことで、より広がりを持った。

◆『全領域異常解決室』(フジテレビ) 黒岩勉脚本/藤原竜也、広瀬アリス、成海璃子、迫田孝也、ユースケ・サンタマリア、小日向文世
かつてTBSで『SPEC』という超能力などの特殊能力を操る事件を探る刑事ドラマがあったが、これは八百万の神々たちが人間の身体を借りて出てくる突拍子もないドラマだった。黒岩勉のオリジナルドラマだが、その奇想天外ぶりな展開が楽しめた。ヒルコという新たな神が八百万の神々に代わって人間を選別して新しい世を作るという漫画のような展開。現代の乱れた社会、SNS時代の闇を炙り出しつつ、八百万の神々の神話を題材に持ってきたところが秀逸。最後は神々が入り乱れてなんだかグチャグチャな感じになっていたが・・・。

◆『若草物語-恋する姉妹と恋せぬ私』 (日テレ)松嶋瑠璃子脚本/堀田真由、仁村紗和、畑芽育、長濱ねる、一ノ瀬颯、筒井真理子
4姉妹の物語。脚本家志望の堀田真由は恋愛できない体質。それなのに脚本家として、恋愛モノを求められて苦悩する。恋愛がすべてのゴールではないという価値観の転換を迫られるところが現代風。堀田真由と一ノ瀬颯の二人がお互いがお互いを必要としているのにも関わらず、目指すべきゴールのありかたが違う。それぞれが相手の名前入りのペンを持っていることで、結婚という形ではない二人の新たな関係は続いていく。脚本づくりと現実がシンクロしていくことで、それぞれの生き方が肯定されていく。

マンガなどの原作モノではないオリジナル脚本が増えてきたことは喜ばしい限りだ。ドラマ本数が多すぎる気もするが、質の高いドラマが増えていくことを来期も期待する。

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