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#80 マネー・ボール(1)

わたしの名前はベン・ルドウィック。

ローガンという都市にある野球チームのオーナをしている。

この町では昔からベースボールが人気だ。毎週末、町にいる多くの人々は、ローガン球場に足を運びアイオーンズの勝利を祈り応援をする。

10年も前には優勝争いをするほどの強豪であった。しかし、数年前からは優勝争いどころかリーグ下位常連にまで成績は落ち込んでしまった。

その理由は、選手年俸の高騰にあった。アイオーンズの球団収入の多くはチケットで賄われている。そのため、昔は選手年俸が高くなくさほど影響がなかったが、ここ数年の選手年俸の高騰で人気選手を獲得できなくなった。

また、育成選手が一流に育っても潤沢な資金を持つ球団に移籍してしまい自球団で抱えていることもできなくなってしまった。

それでもこの町のアイオーンズファンは、献身的に応援し球場に足を運んでくれる。球団オーナーのわたしにとっては、唯一それが救いだった。

そんな愛すべきファンのためにも、何かしらの手を打ちたかった。そこで、知人の紹介で経済に強い人間に助けを求めることにした。

名をトーマス・スミスとマイケル・スミス。知人が言うには彼らは双子だという。富豪の子で、幼少の頃から英才教育を受け、人生に必要な知識とスキルを身につけおり二人でこの町の郊外で暮らしているという。

彼らに相談すれば最適な提案をしてくれ最適な結果が約束されるという。藁にもすがる思いでわたしは彼らに手紙を書いた。すると数日後、執事のセバスから手紙が返ってきた。

どうやら、屋敷まで足を運んでくれるのであれば相談に乗ってくれるようだ。そこで早速連絡を入れ、彼らのいる洋館へ足を運んだ。

町郊外に景観のよい湖畔があるのだがその近くに彼らの洋館はあった。

広大な敷地の真ん中にシンメトリー構造の2階建ての洋館があり、建物の左右には手入れのゆきとどいた大きな松の木があった。
わたしが洋館に到着した時に、執事のセバスが快く迎えてくれた。

「ベン様、お待ちしておりました。」

そう言うと執事のセバスは深々と頭を下げ、わたしを洋館へと招きいれた。

洋館は左右に長く中央に螺旋階段があり2階建てのようだ。かなり興味深い建物であったがあれこれ見回していると失礼になるので、わたしは心の中でじっとこらえた。

玄関を正面にみて右側の突き当りの部屋にトーマスがおり、反対側の突き当りの部屋にマイケルがいるという。

来客室に通されると、執事のセバスは少しお持ちくださいと言い、使用人が紅茶を運んでくれた。

わたしは、それを口に運び彼ら来るのを待った。

しばらくすると、スミス氏ではなく執事のセバスが部屋に入ってきた。

今日は急用が入り、マイケル氏が今ほど洋館を後にしたことを告げられた。知人の話ではスミス氏二人の意見を伺った方が良いと言われていたので残念に思ったが、無理を言っているのはこちらの方だから気にしないで下さいとわたしはセバスに言った。

それから5分ほど経ってから、部屋の扉が開き、トーマス氏が現れた。

「お初にお目にかかります、ベン様。わたしは、トーマス・スミス。執事のセバスから話は伺いました。実に興味深い話です」

そう言ってトーマスは笑った。野心的でバイタリティの溢れる彼の姿にわたしは、少したじろいた。

「この度はご相談に乗って頂きありがとうございます。」

「そんなに畏まる必要はありません。わたしはあなたの話に興味があったそれだけです」

わたしは、現状の球団経営の内情をトーマスに話した。

彼は、とりえず何億あれば球団経営の急場しのぎになるかを尋ねてきた。わたしは、おおよそ年間5億円ほどだと伝えた。潤沢な資金のある球団では大した額ではないだろうが地方のローカル球団にとっては大きな額であった。

「どうにかなりますか・・・」

わたしは、おそるおそるトーマスに聞いた。

「簡単です、実に簡単です。今そちらが所有している球場がありますね。ローガン球場でしたか、まずそれを売りましょう」

トーマスは笑顔で言った。

「しかし、球場を売ってしまったらチケット収入どころかベースボールの試合ができなくなります」

わたしは、大慌てで言い返した。

「何を言っているのですか、ベンさん。わたしが言っているのは球場でも球場の名前ですよ、勘違いしないでください」

そして、またトーマスは笑った。

「球場の名前を売るんですか。そもそも球場の名前なんか誰が買うのですか」

わたしは疑問に思い、トーマスに聞いた。

「そうですね、有力なローカルチェーンであったり、全国規模で活動している企業であったり様々です。

彼らは球場の名前を買うことによって、この町で野球中継が行われるたびに自社の名前を不特定多数の視聴者にアピールできるようになります。これは、人気番組にCMを出すよりも時として効果的です。

また、この町のベースボールファンは、この球場に足を運ぶたび球場の名前を目にします。単純接触効果によってその企業に愛着が沸き好きになる可能性が高い。つまり、広告効果は高いのです」

わたしは半信半疑で聞いていた。正直、そんなものが売れるのなら苦労しないと思った。そのため、これ以上トーマスと話しても無駄だと思い、丁重に挨拶をして屋敷を後にした。

帰り際にトーマスは良い結果になるといいですねと言ってくれたが、わたしの帰路の足取りは重かった。

しかし後日、彼のいうように球場の命名権を売りに出すと、全国規模で企業展開しているWバーガーが年間6億円の5年契約で買ってくれることになった。

わたしは、塩漬け株が一気に数百倍の価値になったように飛び跳ね喜んだ。

彼の言うことは本当だったのだ。

無知であったのはわたしの方だったのだ。

年間6億円の収入増になり球団経営は幾分楽になった。トーマス氏には感謝しかない。後日、提案通りに球場の命名権が売却でき年間6億円の収入増になったことをトーマスに伝えた。彼は自分のことのように喜んでくれた。

それはとても有り難いことだった。

だからといってアイオーンズは、大都市のメジャーなチームと対等に戦うことは難しい。わたしは欲をいえばまた優勝争いに入れるくらいの戦力が欲しかった。

そして、またあの洋館に足を運ぶことになった。

つづく


最後まで読んでいただきありがとうございます。

Harunaさん画像を使用させていただきました。

毎週金曜日に1話ずつ記事を書き続けていきますのでよろしくお願いします。
no.80 2021.8.20



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