第21回: ベジタリアン対応は間に合うか
2017年10月31日掲載
「数日後に来日する選手のベジタリアン対応を、至急お願いしたい」――。国際スポーツ大会の主催者が、来日する選手の大半がベジタリアンだと知って、ある栄養士のところに慌てて駆け込んだという実話です。今、日本では来る2020年オリンピック・パラリンピック東京大会への準備が急ピッチで進められていますが、その前年にも国際的なイベントが予定されています。今月は19年に開催されるラグビーワールドカップ(W杯)と食の対応について考察します。
「欧米客取り込み」に絶好の機会
15年英イングランドで開催されたラグビーW杯。日本代表が強豪・南アフリカを破った上、史上最多の3勝を挙げて日本でも大きな話題になりました。ラグビーW杯は、サッカーW杯、オリンピック・パラリンピック夏季大会に次ぐ世界三大スポーツイベントの一つといわれ、19年は日本で、アジア初かつラグビー伝統国以外では初の開催となります。観客数200万人(うち海外客41万人)、経済波及効果2,330億円が見込まれるこのビックイベントには、日本の課題と大きなビジネスチャンスの両方が潜んでいるのです。
このチャートは15年のラグビーW杯イングランド大会での国別観客と16年国別訪日観光客の内訳を示しています。欧米客中心のラグビーW杯とアジア中心の訪日観光客は、全く異なる構成であることが確認できます。ラグビーは英国発祥で欧州を中心に人気があるスポーツです。 W杯はこれまでオーストラリア、ニュージーランド、フランス、イングランド、スコットランド、南アフリカ他で8回開催され、欧州や米国からの観客が多数を占めました。
チャートからも読み取れるように、現在の訪日観光客はアジアからの旅行者が大半であるため、欧米客の取り込みが課題になっています。欧米客は一般的に長期滞在、高額支出、モノ消費よりコト消費重視の傾向にありますが、食に対する意識も高いことが知られています。ヘルシー、ナチュラル、オーガニックといった健康面に加え、エシカル(倫理的)、エコロジー、アニマルライツといった道徳的な意識に基づくベジタリアンが多いのです。
ベジタリアン対応は間に合うか
ラグビーW杯日本大会は19年9月から45日間、全国12都市で開催されます。33日間にわたり首都圏で開催されるオリンピック・パラリンピック東京大会とは異なり、日本全国で受け入れ体制の整備が求められます。開催まで2年を切りましたが、さて、食の対応はどういう状況なのでしょうか。
このチャートは日本のハラール・ベジタリアンレストラン検索Web・アプリ「ハラルグルメジャパン」に「ベジタリアンメニューあり」と登録されている開催12都市・自治体にある店舗の数です。東京都が他を圧倒していますが、全体的に数が少ないと感じずにはいられません。もちろんこの数が実際のベジタリアン対応レストランの全てではありませんが、一つのデータとして捉えても40万人にも及ぶと予想される海外客に対応できるレベルではありません。
ベジタリアン対応は、まずベジタリアンにも複数の種類があることを理解することから始まります。詳しくは本連載の第16回を参照してほしいのですが、大別すると卵と乳製品を食すか否かです。食すのであればラクトオボ(野菜・果物・五葷※・卵・乳製品)、食さないのであればヴィーガン(野菜・果物・五葷)です。このようにシンプルながらも、日本でのベジタリアン対応は、ようやく始まったハラール対応よりも遅れている感があります。これも実話なのですが、私があるクライアントの訪日に際して、日本の4つ星ホテルにベジタリアン対応をお願いした時「ベジタリアン料理はハモノ(葉物)を出しておけばいいんですよね」と言われ、言葉を失いました。
次々と突きつけられる食の多様性対応
近年食の多様性への対応を求められる事例は数多くあります。テニスのジョコビッチ選手(セルビア)が小麦粉を抜いたグルテンフリーの食事を採用したり、オリンピック・リオ大会でムスリム(イスラム教徒)以外も消費したためハラール食が不足したり、同じくリオ大会でインドが選手村でのインド料理の充実を組織委員会に要求したりと、枚挙に暇がありません。
国内でも連日、日本の農業生産者によるグローバルGAPの取得が遅れていると連日報道されています。農産物の世界安全管理基準ともいわれるグローバルGAPは、当初輸出のためのパスポート的な意味合いが大きかったのですが、今ではオリンピック・パラリンピック東京大会で採用されるためには必須であるという状況になっています。
国内対応にせよ海外への輸出対応にせよ、食の多様性対応は日本にとって大きなテーマになっています。ハラールはその一部、ベジタリアンやグルテンフリーもその一部ですが、対応しなければ選ばれないという事実が待ち受けています。インバウンドに関する日本政府の目標は20年に4,000万訪日、8兆円消費、30年に6,000万人訪日、15兆円消費です。食の多様性対応なしにこれらの達成は極めて困難です。しかし「世界一の美食の国」では、逆にやった分だけ効果は期待できるのではないでしょうか。これから数年で、これだけのビックイベントが連続して開催される国は日本しかないのですから。
※五葷(ごくん): ネギ、ニンニク、ニラ、ラッキョウ、アサツキ
掲載紙面PDF版のダウンロードは以下から。https://fooddiversity.today/wp-content/uploads/2017/10/NNA_SG_171031.pdf
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