おかあさんの手が3つあったら。
日曜日のお昼間、思ったより電車は混んでいて、席はいっぱい。邪魔にならないように、扉から離れたすみっこの席の前に立った。目の前に座っていたのは、幼稚園くらいの子ども2人と、2人に挟まれたおかあさん。
下の子はおかあさんの膝を枕にして、からだを倒してスヤスヤ。おまけに、おかあさんの左手をギュッと握っている。上の子は、席に膝立ちして体を窓の方に向けて、外の景色を黙って見ている。おかあさんは右手だけでスマホをぽちぽち。
上の子が「ちゃんと座りなさい」と言われてすぐに体勢を変えなかった数秒後、ペシン!とおしりを叩くいい音がした。“言うこと聞かなかったらお尻ペンペン”って昔からの子育ての定番なイメージだけれど、正直昭和の話だと思っていた。今でも現役しつけ術なんだなぁと勝手に思ったり。おしりを叩かれた上の子は黙って体勢を変えて、退屈そうに前向きに座っていた。時々、おかあさんのスマホの画面を覗き込んだりするけれど、文字だらけでなにも面白くない。
少しずつおかあさんに近づいていく小さいからだと、小さい左手を見ていて、少し胸がキュッとなった。お姉ちゃんもおかあさんにひっつきたいよね。おかあさんの手、握りたいよね。あぁ、おかあさんの手が3つあったらよかったのに、と心の底から本気で思いながら、見守ることしかできなかった。
少しすると、おかあさんが下の子の寝顔にスマホを向けて、写真におさめていた。そう、言わずもがな、子どもの寝顔って、可愛すぎるのだ。赤の他人である私ですら、最初からずっと思ってました、おかあさん。可愛すぎますね。ほんとうに。
そのおかあさんの様子を見た上の子が、わざわざ席を立ってまで、下の子の寝顔を覗いていた。それを見ていて、少しホッとした。時に、おかあさんを取り合うライバルだけれど、憎いときもきっとあるけれど、それでも可愛いよね。妹、愛おしいよね。妹の寝顔を覗き込むお姉ちゃんの頭を、おかあさんがそっと撫でていて、それを見た私は、一人で微笑んでしまった。バレてたらただの変人。恐怖。多分バレてないから大丈夫きっと。
写真を撮り終えたおかあさんの右手は、気づいたら上の子がギュッと握っていた。電車を降りるまでずっとそのままでいてくれ~と謎の願いを心の中で唱えていたものの、願い届かず、少しするとおかあさんの右手はまたスマホに戻っていた。おかあさんはきっと、忙しい中で、電車に座れている僅かなスキマ時間で、色んな人に返信をしている。それも大事なことだから仕方なくて、だからこそ、おかあさんの手が3つあったらよかったのに、とまた思わずにはいられない。
上の子がなにかしらして、おかあさんに叱られていて、やっぱりもっと構ってほしいし甘えたいしでも我慢してるんだろうな、と勝手に想像してしまって、また少し胸がキュッとなった。
おかあさんが右利きだとして、もしお姉ちゃんと妹さんの位置がはじめから逆だったとしたら。もしかしたら、おかあさんの左手はお姉ちゃんがずっと握っていられたかもしれない。
おかあさんの手が3つあったら。2人ともずっと手を握っていられたね。おかあさんの手が5つあったら、2人ともずっと手を握っていられるし、おかあさんはスマホもさわりながら、2人ともをギュッと抱き寄せてあげられるはず。
終着駅に着いて、周りの人がどんどん降りていく中、お姉ちゃんが、スヤスヤ眠っている妹さんの顔を覗いて、「抱っこ」というワードを発しているのが聞こえた。そしてそのあと、当たり前かのように、自分から、大きな荷物を持っていた。
お姉ちゃんの健気な姿に、胸がいっぱいになった。泣きそうになった。
私が見たのはほんの数十分の出来事。
あの親子にももちろん一日24時間あって、どんな関係性でどんな生活をしているかなんて、知る由もない。
今回私は主に、
“満足に甘えられていないように見える”
お姉ちゃんに対して、様々な想いが溢れてきた。でもそれは、私が子ども時代に、満足に親に甘えられなかった経験が、今の苦しみを作り出している原因になっている自覚があって、そこに敏感だからこそ強く感じてしまった部分が大きいと思うし、
そしてなにより、
あの時あの瞬間の事実ではあるかもしれないけれど、真実ではないと思う。
自分の生い立ちを前提にした上で、あの場面しか見ていない私は、どうしても、普段はもっとお姉ちゃんがおかあさんに甘えられていることを願わずにはいられないし、我慢していることをおかあさんに労ってもらっていることを願わずにはいられない。
合間合間で、お姉ちゃんのことを気にかけたり、頭を撫でたりしていたおかあさんの愛情を私は見逃さなかったし、幼い子ども2人を連れて電車に乗るという大変すぎることを、平然とやっているように見せているおかあさんに、本当に尊敬しかない。
本当の無償の愛ってきっと、
「子どもからの親への愛」で
世の中で一番強いものもきっと、
「子どもからの親への愛」
だなぁと、改めて思わされる出来事でした。
あとは、、、
おかあさんの手が3つ以上あったらよかったのに、とやっぱり本気で思ってしまいます。
おわり。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。