未必のマクベス 早瀬耕 感想 読んでいて「負けた」と思ったミステリは初めて。今年No.1小説。
どうも。もう9月なのに暑いですね。
9月は3連休が2回もあるので読書でもするか~!というわけで買い物帰りに寄った有隣堂でランキング上位に入っていた「未必のマクベス」を手に取った土曜日……。
一気に読み終えてしまいました。(本書、なんと607ページ!(文庫))
ミステリ好きは絶対に読むべき。私が今年読んだ小説のなかで、間違いなく1番面白かった。
そして、個人的に好きな本ランキングの中でも3本の指には入れる。
特にメーカー(電気・IT系)勤務の人におすすめかな。
本作は交通系ICの暗号化技術の会社に勤める主人公なので。
べつにその知識はいらないのですが、会社あるあるを読んでいるようで面白いというだけ。
副部長→子会社取締役に昇格人事で大金や殺人に関わるようになる……なんて大企業メーカーにありがちじゃないですか?社内の雰囲気もわかるわぁ……ってな感じで。
あと、シェイクスピアの「マクベス」について全く無知でも、とてもわかりやすい解説があるので全く問題ありません。
私はマクベスを読んだことがないはずなのですが、なぜかストーリーを知っていました。(昔Wikiで読んだのかなあ?)
ま、そんな些末な事どうでもいいくらい面白いし、面白いポイントがありすぎるから、ポイントに絞って言うしかないのだが……。
まず自分用備忘録としてざっくり物語説明
シェイクスピアのあまりに有名な四大悲劇のひとつ、「マクベス」のあらすじをなぞるようなストーリーです。なのでメインストーリーは、マクベスggrksでいいかな。
高校生時代の初恋の鍋島の名前を電子機器すべてのパスワードにする系拗らせオジサン(アラフォー)が主人公(マクベス)。
同級生で現在会社の部下となっているのが、バンコー(マクベスの友人)。
レディ・マクベスは、初恋の鍋島&現在の彼女。
鍋島と主人公は高校生時代も(もちろん現在も)付き合っていないのですが、二人はお互いに心の奥ではひかれあっていて、鍋島は女子大に行くにもかかわらずハッキング技術で主人公を探し、同じ会社に入社する。
優秀な鍋島はICカードの暗号化技術を開発し採用されるが、その複合化ができることを同僚に漏らしてしまい、会社から命を狙われる。そして整形し亡命する。この、亡命した鍋島を「見つけ出し」「救う」ために、マクベス王となる主人公のお話です。
とてつもなく優秀な登場人物しか基本的に出てこないです。
もうさぁ、作者が明晰なのが文体からにじみ出てるんだよね。
んで、とてつもなく優秀な人物というのはいついかなるときも理性的であるからそうなのですが、それじゃあミステリにならないわけ。
愛はどんな優秀な人物をも、理性から引き剥がしてしまうんですよね~。これぞ真理!
さて、それでは推しポイントをまとめていきますか!!
わたしが、おいおい、この話おもしれぇぞ?と思った時系列順で行こうか。
①小説の語り手である主人公が惚れるくらいかっこいい
主人公・中井は中年サラリーマンです。アラフォーで副部長なので、かなり優秀なことがうかがえます。しかも左遷人事とはいえ、子会社の代取になるくらいですから、仕事はできる方なのでしょう。
ちなみに私は漫画やラノベではキャラ読みできるくらいキャラクターに惚れっぽい女ですが、小説の語り手に惚れることはまずありません。
語り手って、状況描写に尽き、感情も描写されるので、なんというか好きになりえないというか。たんなる読者の小説の「目」になりがちなわけですよね。
しかし中井はマジでクールでクレバーなんですよね。
多分私の思考回路と似ているというか、私が男だったらこうありたいという理想の男像を体現したような奴なんですよ。
あきらめにも似た潔さがとてもカッコいいんです。
彼は、自分が王となることを望んでいないですが、周りを守るためには諦めてそれを受け入れる。まさに「未必の」マクベス……。
もうこの辞書のまさにそのとおり。「別に構わない」という心情なんですよ。
私は諦めている(達観している)男が好きでね。でも心の奥では熱い男が好きなのです。
中井はそうかな~と思って惚れてしまいました。
男らしく気が利かなかったり、初恋を拗らせて痛かったりするのですが、彼女に嘘を吐く時ですら、誠実なのです。自分の軸を曲げない。自分の正義にのっとっている。
彼は作中「喰える奴」だと度々言われています。「喰えない奴」というのはよく言われますが「喰える奴」とは一瞬「ん?」ってなりますよね。彼は基本的には周りに合わせる、つまり融通の利く男なのです。しかし実際は(私は)「喰えない奴」だと思っていて、自分の根本にある一本の軸、その琴線に触れたときだけ絶対にブレず自分を貫くのです。たとえそれが殺人であっても躊躇しないのです。
そして後悔しない。なぜか?自分で決めたことに自分で責任を負うから。たとえどんな不幸が自分に降りかかろうとも、自分で決めたことだからという、「諦め」にも似た「達観」が彼の男らしさかな~なんて思います。
つまり自分の軸を通すために、なりたくなかった「マクベス」になってもいいや、そう、「別に構わない」という心情……。
タイトルは中井を簡潔に示したそれはそれはとても秀逸なものです。
小説でこのキャラ立ちはすごいな~~~~~~。
②「負けた」と思わせるネタバラシ
さて、本作はミステリ小説に分類されるわけですが、マクベスをなぞっているので大体オチは読めます。
じゃあ謎はどのあたりなんだよ?という話ですが序盤で亡命した鍋島からの「お願い」である「君(鍋島)を見つけること」がそれにあたるというのが私の見解です。
(もちろん鍋島も中井も会社に命を狙われているわけですから、そこの解決が本軸ではあるものの、整形して亡命したレディマクベス(鍋島)を、マクベス(中井)が見つけ出すのは、恋愛小説でもある(と私は思っている)本作の最大の謎なんじゃないかな……)
そして大体半分くらい小説を読み進めると、だいたい誰が鍋島かっつーことは、分かります。かなりわかりやすいヒントが節々にありますので。ただ分かりやすすぎてミスリードかもな?と思わせる絶妙な火加減ですわ。
そしてネタバラシはもちろん小説の後半にあります。
しかしこのネタバラシがね~~~~まじでね~~~~。
ここまで「負けました」と思った小説は初めてだわ!
こちらがそのネタバラシの森川と中井の会話になります。
森川というのは、子会社Jプロトコル香港の董事長(代取)になった中井の秘書です。
ん?私の読み間違いかな?誤植?とすら思わせるくらいのあっさりしすぎたネタバラシー!!!!!
森川は秘書です。
暗号化方式を考案し、ミスを犯して亡命することになったのは鍋島です。
読者はこの会話を読んでいる時点で、すでに森川が鍋島ではないか?とは思っています。
いやいやいやいやいくら思っているとしても、ミスリードだって考えるし、さすがにこのネタバラシは気づいてなかったら読み飛ばすレベルやろうが!!!!
ちなみに私はここ二回読み返したわ!!!
スマートぉ!!!スマートすぎる!!!
もうこれだけわかりやすいヒントあげてきたんだから、さすがに気づいているよね?グダグダ説明するのだるいし、ネタバラシはあっさりいくね~という作者のスカし……。
中盤ですでに鍋島に気づき、「さすが私~!!!」なんて調子に乗っていたのを見事に一蹴してくれるやないか……参りました!!!!!!!けど痺れた!!!
だって作者からしちゃあ、ネタバラシの部分をいかにまるでお馬鹿さんに説明するように丁寧に書くかがミステリの真骨頂じゃねえの?さすがに「分かってましたよねー?」はかっこよすぎんだろうが。
③「結末は秘密にしてください、なんていう話は、つまらないに決まっている」という作者からの挑戦状
物語の冒頭、主人公の友人・伴が言うこの台詞。
どうしてシェイクスピアが世界中で上演され続けるか、という話を思い出しました。キングコング西野も、「言葉が分らなくても物語がわかっているから他言語でも楽しめるため」だと言っていました。
ただし伴はシェイクスピアを「つまらなかった」と否定していますね。それは伴が、マクベスに殺されるバンコーであるからなのでしょうか……。
唐突ですが、伏線でふと思い出したので書いておきます。
マクベスを愛した鍋島=森川(レディマクベス)ですが、彼女は秘書をしているときに高木(マクベスを殺すマクダフ)を初見から、そして最後の最後まで毛嫌いします。女の勘ってやつですかね~。このあたりの何気ない人間関係もうまい伏線だなと私は思いましたね。
話を戻して、マクベスをなぞらえて描かれている本作は、正直最後主人公がどうなるかというのは、もうほとんど分かっているようなものです。
しかし最後まで読ませきる勢いのある文章力、そして読み終えてなおもう一度読まなくてはと思わせる魅力。
回収されていない疑問も残るような気がするのですが、一気に読ませきる力強さがある小説です。
私はもう一度読み返さなければと思いました。
ミステリ小説って大体犯人や謎が分かってしまうと読み返す気が起きないのですが、本作はそうではないのですよ……。
むしろ、マクベスは殺されてしまうとわかっているからこその面白さがある。
そして本作は悲劇ではない。
中井は作中でなぜマクベスが四大悲劇なのか理解できないと吐露しています。
そしてその通り、この「未必のマクベス」は悲劇ではない。
主人公の死が、物語の結末と直結するかというとそうではない。
主人公は殺人を犯し死んでしまいますが、レディマクベスを守り切りますからね。
彼の希望は、初恋と恋人を守り抜くことだけ。それが彼の「軸」だった。たとえその他のすべてを犠牲にしようとも。
そのために、”マクベス”になってしまうのは致し方ない。
まさに「未必の」マクベス……。
最後に
作者は専業作家ではないということですが、こんな名作を書けてもなお、小説家一本で生きていくのは難しいのか……と頭を抱えましたね。
作者の長編をもっと読みたいのに……。
本作のヒットを期に、新作を期待したいと思います。
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