ごめんね、NARITA
昨年二月、カナダを旅した。学生時代からの友人とオーロラを観に出かけたのである。
その旅に向けて購入したのが、このデジタルカメラ。
「コンパクトで性能が良くて、素人でもオーロラ撮影ができるやつ下さい!」
家電ショップのお兄さんにあれこれ要望を伝え、最終的に決め手となったのは、女子好みの小洒落たデザイン。価格は五万円弱だった。
「いつか本物のオーロラを観たいねえ」
友人とそんな話をしたのが、十数年前。私が関西から故郷の九州へUターンしたのを機に、旅行積立を始めた。
名付けて『オーロラ預金』。
月三千円ずつ、同じ口座へ入金する。
たったの三千円でも、まさに「ちりも積もれば」。気づけばひとり四十万超の金額が貯まった。
そして一昨年の秋、
「ねえ、そろそろこのへんで行っとく?」
「せやな……この先何があるかわからへんし」
という会話のあと、思い切って職場へ休暇申請。キャンセル待ちだった希望のフリーツアーになんとかもぐり込め、念願のオーロラ紀行となったのだ。
さあ、ツアーの日取りは決まり、諸手続きも済ませた。防寒ブーツやカメラも買った。いざカナダへ。待ってろよ~オーロラ!
――というわけで、二月の末、それぞれ関西と九州から東京駅へ集合。でかいキャリーケースを引きずり、バスで成田空港へ向かった。
(ワーイ、ついにオーロラをこの目で観られる!)
いやおうなしにテンションが高まるふたり。早めに着いた成田空港で、荷物の最終チェック。
「へえ~これが新品のカメラ。カッコええやん!」
「フフフ、これでオーロラもばっちり。任せて!」
自信たっぷりに胸をたたいた私。が、実のところ撮影練習などほとんどしておらず、メカに強い友人に頼る気満々。彼女に空港内を試し撮りさせ、機内で読ませるべく撮影マニュアルもバッグに忍ばせていた。
やがて夕刻となり、迫ってきた搭乗時間。カナダ便の乗客列に並び、搭乗を待っていたときだ。
(あれ、手荷物バッグが軽くね?)
首をかしげて中を開けると――大事なカメラがない!
「げげっ、カメラがない! どっかに忘れてきた!」
「なんやてっ⁉」
「ど、どど、どうしよ~?」
一気に血の気が引いた。
「まず落ち着こ。置き忘れるとしたらどこ?」
「えっと、えっと……」
すっかりパニクった私。ああ、どこだろう。せっかくオーロラ用に買ったのに~!
「やばっ、もうすぐ搭乗や。あそこのお姉さんに聞いてみよ!」
友人は列を飛び出し、搭乗口近くのカウンターへ猛ダッシュ。転がるように私も続く。ふたりの勢いに、係のお姉さんがばっちりメイクの顔をひきつらせた。
「ど、どうかされましたか?」
「新品のデジカメをどこかに置き忘れたみたいやねん。探しに戻ってもええですか?」
友人の訴えに首を振ったお姉さん。
「残念ですが、もはや国外に出ておられますので戻ることはできません」
「ええ~っ⁉」
がっくり天を仰いだ私たち。その落胆ぶりがよほど気の毒に見えたのだろう。お姉さんが助け船を出した。
「念のため、各所へ問い合わせてみましょうか?」
「お願いします!」
それからは、かなり待たされた。電話であちこち問い合わせるお姉さん。カナダ便の搭乗開始まであとわずかしかない。
「……もうよかよ。諦めよう」
力なくつぶやいた私。
「アカン! 親切な人が届けてくれてはるかもしれんやん」
「いいや、もう誰かに盗られとるよ。こんなにたくさんの人が――」
そのときだ。お姉さんの表情がぱっと輝いた。
「そうですか、落とし物カウンターへ届いてる!」
ナント、私のカメラは無事だった。置き忘れた場所は両替カウンター。拾った人が届け出てくれたらしい。
「ヤッター‼」
抱き合って喜んだ私たち。カウンターのお姉さんもホッとしたようにほほえみ、列に並んでいた乗客たちからも笑顔と拍手をもらった。
モチロン受け取りは帰国後だが、見つかっただけで奇跡。万々歳だ。
届けてくれた人。
探してくれた人。
見つかって喜んでくれた人。
そういう人々の気持ちが本当に嬉しく、世の中捨てたもんじゃないな~としみじみ。幸先のいい旅立ちとなった。
よって結局現地での撮影は、私のチョ~画質の悪いスマホと、友人のアイフォーンにて。さすがにオーロラは撮れず、(あのカメラがあれば……)と悔やまれたが、目と心にしっかり焼きつけたからよしとした。
その後はカナディアンロッキーを観光。雄大な大自然と親切な現地の人々との交流を満喫し、笑いっぱなし、感動しっぱなしのカナダ紀行となった。
そして一週間後、成田空港の落とし物預かりカウンターでカメラと再会。
「ごめんね~、置きざりにして」
心なしか拗ねているようなカメラに平謝り。友人との『ただいま記念のツーショット』で旅をしめくくった。
あれから一年――コロナの流行で、世界が激変した。
「よかったねえ、去年オーロラ観に行っといて」
「ホンマや。〈この先何があるかわからへん〉が起きてもうたし……」
友人とふたりでしみじみ。そしてこう聞かれた。
「ところであのカメラ、少しは使いこなしてんの?」
「任せて~」
そう、あの旅以来、カメラは私の友。ちょこちょこ連れまわっては、下手なショットを撮って悦に入っている。
ちなみに、つけた愛称は『NARITA(ナリタ)』。
一日も早くコロナが収束し、今度こそこの子を海外へ連れて行きたい。そのときは絶対に置き忘れないようにしなくちゃ!