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【本の話】名作は色褪せない

先日某見逃し番組サイトで、昭和のテレビドラマを観た。
主役はとうに還暦を過ぎたベテラン女優で、当時二十代前半だろうか。その瑞々しい美しさもだが、脚本、台詞まわし、カメラアングル、役者たちの演技……どれをとっても素晴らしく、現代ドラマにはない迫力に圧倒された。

――本物の名作は、どれほど時間が経っても色褪せないのだな……。

しみじみ感服したのだが、同じ感想をこの小説にも。
『飢餓海峡』(水上勉著)。
過去にも何度か読んだが、若い頃と五十代のいまとでは受け止め方も変わるだろうし、今回私は切実に求めていた。
〈不便な時代における極上ミステリー〉を。

この場合の〈不便〉は、「便利なモノがない」という意味。
戦後間もない混沌状態の日本。スマホもパソコンもコピー機も防犯カメラも、現在の犯罪小説に欠かせぬアイテムが何ひとつ誕生していない。

昭和二十二年九月、北海道で二つの大惨事が起きる。大型船転覆と殺人放火により町を焼き尽くした大火。
それらの事件に関連し、十年後に新たな偽装殺人が……。

内容の説明は省くが、上下二巻を読み終え、私は安堵のため息をつくと同時に舌を巻いた。

やはりすごい! 
人間と時代背景の描き方が緻密かつ丁寧で、見事なストーリー展開。
少しも古びておらず、むしろ新鮮かも!!

 たしかに時代背景は古く、捜査にあたる刑事たち(北海道・東京・関西)の仕事ぶりも地道すぎてスローすぎて、もどかしさすら覚える。

警察車両やタクシーを使えるのは稀で、鉄道やバス、山奥の過疎地を訪ねるのに自転車や徒歩でひたすら汗をかくのだ。
通信手段として電話はあっても、関係者とのやりとりに手紙や葉書も頻繁に登場。それゆえ時間も手間もかかり、無駄骨も多い。
それでも小さな手がかりをひとつひとつ集め、蜘蛛の糸のような細い線を紡いでいく。

それらの刑事もだが、主要な登場人物たちの心の動きに(犯人も含め)共感させられる。
彼らの根底にあるのは〈貧しさ〉。

生まれたときから極貧暮らしを強いられ、親や家族のために犯罪や身売りに手を染めざるを得なかった人々。
根は善人であり、その〈善の部分〉が皮肉に作用して悲劇が起き、ついには完全犯罪も覆される。
恐ろしく、哀しく、見方を変えれば美しい話でもあるのだ。

 そして、ようやく腑に落ちた――タイトルの意味が。
『飢餓海峡』

戦後の飢えた時代、飢えた人間たちが繰り広げた人間ドラマ。
舞台となった海峡は今日もおだやかに、もしくは荒々しく波を立てているのだろう。
読み終えて、ふっとその景色を見たいと思った。

 #ミステリー小説が好き #飢餓海峡 #小説 #読書

 

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