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半透明の梨と八百屋。

その実に包丁を入れたとき、あ、やられた、と思わず顔をしかめた。
目の前のまな板の上に転がる梨を恨みがまし気に見つめる。外側からは分からなかったけれど、殆ど半透明になっているではないか。

先程の八百屋さんとのやりとりを思い起こす。
「こちらの商品は、傷んでいるところもあるけど、大丈夫?」
「大丈夫です」
「はい、4つ200円ね」

この八百屋さんは少し足を延ばしたところにあるので、しょっちゅうではなく、たまに行くくらいだ。国産のものから輸入品まで、スーパーよりも品ぞろえが豊富でありがたい。
そして、なんといってもこのお店のお気に入りポイントは、痛みかけているもの、賞味期限が近いものがスーパーで絶対見かけないような激安価格で売られているところ。

以前にもここでそんな「激安」梨を買ったのだけど、複数個あるうちの一つだけ一部が茶色く変色しているくらいで何の問題もなく美味しくいただけた。
今回も、傷んでいる箇所があったとてもたかがしれているだろう、そう思って迷わず購入したのだ。

他の梨はどうだろうと包丁を入れるとこちらもほとんど、半透明だった。

今日は、閉店間際に駆け込んだ。日が落ちそうな時間帯で、スーパーと違って外で売っているからすでに周りは暗かった。 
なので、果物の様子をよく見れていない。明るいうちに行って、買う前にもっとよく確認すれば良かった。明るいところでまじまじと見つめれば、その異変に気付けたかもしれない。

梨が盛られた複数個あるかごのあるうちからその一つをおばちゃんが選んで袋に入れてくれたわけだけど、もしかするとわたしはベテラン主婦に比べ目利きができなさそうだし、これでいいやと足元を見られたのかもしれない。

こんな傷んでいるってどういうことよー!
一部どころじゃないんですけど!

怒りのまま、そのまま掴んでゴミ箱にダンクシュートしかけたが、丸々捨てるのはさすがにもったいなさすぎて、火を入れてコンポートにしたら食べられるのではないか、と考え直す。

もやもやが収まりきらないまま、とりあえず熟しきったそれの皮をすべて剝くことにした。ちなみに3つ目の梨も、4つ目の梨も全体的に半透明。

美味しい梨を食べようというあてが外れてしまったわたしは、晩御飯を作る気力もなんだか萎えてしまってソファーに身を投げ出した。

「安物買いの銭失い」という言葉が脳裏にチラつく。1つあたり50円と安くても、食べられる箇所が殆どないならば、普通にスーパーで買えば良かった。
「お買い得」に飛びついてしまう、悪い癖。わたし、たまにそんなとこあるからなあ、一人空しく自嘲気味に笑う。

でも、さすがに腐っているようなものを店頭に出すのはどうよ!とまたふつふつと怒りが湧いてきたところで、ふと携帯で「梨 半透明」と調べてみた。

なんと。
半透明の状態は、傷んでいるわけでも、腐っているわけでもないらしい。「蜜症」といって、食味・食感は悪くなるけれど食べること自体に問題はないとのこと。いわば、蜜入りりんごの蜜のような状態らしい。
(とはいえ、この状態になると劣化が早いので早く食べたほうがいいには違いないのだけど)

のっそりソファーから身体を起こし、先ほど剥いたうちの一つを恐る恐る齧る。

…美味しい。
確かに歯ごたえはないものの、じゅんわり果汁がほとばしり、梨の柔らかな甘みが溢れる。すうっと口内から、消えるや否や、もう一欠片手に取った。
嚙まなくても食べられるような固さのおかげで、いくらでも食べられそうだ。


あの八百屋さんも、店員のおばちゃんのことも恨む必要はなかった。
今まで、食べてきた梨がたまたま半透明じゃなかっただけだ。むしろ、この梨がこんな状態で良かった。これから半透明の梨に遭遇することがあっても安心して、美味しく食べられる。調べなければ、傷んでいると判断して半透明の箇所を捨てるところだった。

…つくづく無知って恐ろしい。


梨は、林檎と違い色が変わらないので、切ってタッパーに詰めておけば多少日持ちするのがありがたい。残りはまた明日食べるのが楽しみだ。

あの八百屋さん、これからも贔屓にしよう。

これは、比較的半透明になってないところ。


#秋の味覚
#梨
#フードエッセイ

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