繋がれた小さな手。
きゅ、と小さな温もりがわたしの手の平に触れる。
少し驚いて、そうっと手の持ち主を盗み見る。特段、照れ臭そうでもなくうれしそうでもなく、いつもと変わらぬ低学年のそうたくん(仮名)の横顔。
意外に思ったのは、彼は普段わたしの近くによってきたり、スキンシップを求めたりするようなタイプではないから。
…なんでこのタイミングで?
彼は、玄関で上靴から外靴に靴を履き替えるときに手を握ってきた。
あ、そうか。
靴を履くためのバランスを取るために握ったのか…!
きっと近くにあったわたしの手は、ちょうどいい高さの手すりみたいなものだったんだろう。
なるほどな、
一人納得し、うなづく。
そうすると、この手がするりと解けるのも時間の問題。そのうち、用済みになってすっと離してくるだろう。
そう思って様子を見るものの、しばらくしても手はあったかい温もりを携えたまま。
まあ、校門のところまで、「さようなら。」と送るだけだしなあ。わたしからほどくより、彼が繋いだままがいいならそうしておこう。
そう考えながらしばし、たわいもない話をしながら歩を進める。
手を繋ぐ。
彼にとって、なんてことない日常のひとこまなんだろう。
きっと普段、お母さんやお父さんと繋いでいるであろう細っこくてあったかい手。
新学期が始まったこの数週間で、自然に手を差し出してくれるくらい、わたしは彼にとって身近な大人の一人になれたということなんだろうか。
何気ない手の温もりから、信頼が伝わってくるようでこそばゆい。
同性である女の子は中学年になっても、腕を組んできたり、急に肩を揉んできたりとぺたぺたとひっついてくる子もいる。
しかし反対に、男の子は小学校2年生後半、3年生くらいになると、身体的な接触はぱたりとなくなっていく。
照れもあるのだろうし、親以外の異性という意識が芽生えていくからだろう。ハイタッチくらいならすることもあるけれど、もちろんこちらから不必要に触れることもしない。
子どもたち同士も、1年生や2年生前半は男女関係なくあんなに顔を近くに寄せてお話したり遊んだりしていたのに、いつからかそんな姿も見られなくなる。
こうして、お互い適切な距離を保ちながら、学校生活を送る。健全な成長である。
今日はこうやって何気なく手を伸ばしてくれたそうたくんも、きっとすぐにわたしと手を繋ぐなんてしなくなるんだろう。
昔はよく手を繋いだのにな。
…だなんて、成長した後ろ姿を見守るお母さん方の気持ちが想像できて、なんだかしんみりした気持ちに。
周りの友だちも担任の先生もがらりと変わってしまった新学期。
しっかりしているように見えるそうたくんだけど、そんな真新しい環境の中で、ちょっと気疲れして甘えたかったのかもしれない。
彼が手を伸ばすなら、繋ごうとしなくなるそのときまで繋いであげようかな。
…とここでいい感じで文章を終えようと思ったのだけれど、後日談。
休み時間、
「見てーー!蛾や!!蛾の死体!!!」
千切れそうな茶色い何かを振り返り回すそうたくん。
何か得体のしれない汚れを付着させたまま授業を受けようとするではないか…!
あるときはトイレに行ってそのまま教室に入ってきた。
「今さあ、トイレから出てきたやんね??
手、洗おっか。」
と声をかけるわたしに、
「え〜面倒くさい〜。洗わんときも多いのに〜。」
とぶつくさ。
決めた。
…彼と手を繋いだ後、絶対に手を洗うことにする。