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ごったまぜの宝箱。

意思疎通できるくらい、早く大きくなってくれないかな。
ため息を飲み込みながらそう思った。
今日は授乳しても、おむつを替えても、あやしても、揺れても、歌ってもずっと我が子は泣きやまない。

しばらくして、多分これは眠いけれど、なかなか寝付けない「ぐずり泣き」だろうなと思って、
寝かしつけモードに入る。

ただ、今日は寝不足からか頭痛がひどいのでわたしも横になりたい。ベッドに行って、添い寝かラッコ寝(わたしのお腹の上で寝る体制)で寝てくれるといいのだけれど。

腕枕やラッコ抱きしながら背中を優しくトントンリズム良くたたくとそのまますやすやと眠ってくれて、一緒にお昼寝できることがしばしばある。

しかし今日はうちのお嬢様、腕枕もラッコ寝も全部、お気に召さないみたい。ずっと真っ赤なくしゃくしゃの梅干しみたいな顔をしてふぎゃふぎゃ言い続けている。…眠たいなら、素直に寝たらいいのにねえ。

仕方なく、わたしは座りながら抱っこしてゆらゆら揺れる。揺れているのは心地よいのかお嬢様は泣き止んで、瞼を閉じる。

しばらくして、そうっとそうっと最大限の注意を払いながら布団に置く。お、成功したか?と喜ぶのも束の間、1分後彼女は置かれたことを理解して、また梅干し顔に。
所謂、「背中スイッチ」というやつである。何度繰り返しただろうか。腕が疲れてきた。

最初は、
「そうかそうか〜眠いよねえ。大丈夫だよ〜ママはここにいるよ〜」
と優しく声をかけていても、ずっと耳元で泣き声を聞かされ続けると、
「なあ、寝よ?」
という真顔トーンになってくる。

先輩ママである友人は、
「ギャン泣きが続くときは、イヤフォンで音楽を聴きながらあやしてたよ。」
なんてアドバイスをくれた。そのときはなるほど、と思ったけれど今、音にさらに音を上乗せしても、余計にしんどい気がする。

どれだけ奮闘しても寝ない。わたしも一緒に横になることは難しそうだ。諦めて、寝室からすごすごと出てリビングへ向かう。


あまりにも泣くからちょっと距離を置こう。ベビーマットに置いて、甘いものでも食べてリフレッシュしようと、キッチンに足を踏み入れた。確か、ここらへんにいただきものの和菓子の箱があったはずだ。

より一層響く泣き声を聞きながら、抹茶色の包装紙をばりばりと剥ぐ。貼り合わせてあるシールをはがして丁寧に包装紙をとったとて、たった数秒ほどの差なのだろうけど、何だか泣き声に急かされてしまう。

姿を見せた和菓子は、てっきり餡子が入っているものと思っていたけど、そうじゃなかった。なんだか肩透かしを食らった気分で少しがっかりしながら口に放り込んだ。

本当は、ほうじ茶でも淹れてゆっくり食べたかったけれど、だんだんボリュームアップしてゆく泣き声に知らんぷりすることはできない。

時計に目をやる。針はまもなく4時をさそうとしている。

寝室に行ったのが、1時過ぎ。
いつの間にか3時間経っていた。3時間あったら何が出来たかな。本当にこの3時間、授乳しておむつを替えてあやすしかしていない。

こういうとき、仕方ないとは思っていても、片付いていない部屋を横目に、少し虚しいような気もちになる。折角家にいるんだから、家事ももうちょっと色々して、心地よく暮らしたいのにな。

会社に行ってる夫に対しても、仕事ができていいなと思ってしまう。

わたしも前みたいに、いろんな人と話をしたい。そして、久しぶりにああでもないこうでもないと考えて授業がしたい。なんというか、やったことに対して手ごたえが返ってくることがしたい。

そんなことを頭の片隅で考えながら、ギャン泣きお嬢を抱き上げて、ソファーに座る。

背中をさすっていると、泣き疲れたのかわたしの胸にこてんと身体を預けて、ぷくぷくしたほっぺをぴったりつけて寝息をたて始めた。

あれだけ腕枕して背中をトントンしても、横たわったお腹の上に乗せるラッコ寝でゆらゆらしても、全く効き目がなかったのに寝るときは一瞬だ。

目尻に光る一滴の涙。最近伸びてきた睫毛には、先程たくさん泣いたせいか、目やにがこびりついている。
それらをそうっと、起こさないようにそよ風の如く力加減で拭う。ぴくっと僅かに瞼が動いた。薄く開いた瞼の下で黒目がゆらゆら揺れて、彼女はまた夢の世界へ戻っていった。

ちょっと下唇を突き出したちんまりした口。
柔らかな産毛。ふくふくした桃色のほっぺた。あどけない無垢な寝顔。

先ほどは抱く余裕がなかった、ほんと可愛いなあ…という慈しみの気持ちがまた帰ってきた。


***  

「子育て、めいいっぱい楽しんでね!」
「思い返せば、キラキラの宝ものの日々だから」

産休に入る前、子育てがひと段落ついた同僚の先生方にそう言われて送り出された。

うれしい、可愛い、愛おしい。
我が子と過ごすようになって、約2ヶ月半。
本当に数えきれないくらいの幸せを彼女からもらっている。

しかし、今のこの日々がキラキラ輝く宝石の日々か、と問われたら何だかどうもしっくりこなくて首を傾げてしまう。

キラキラ、と耳障りの良いことばで形容するにはあまりに物足りない毎日。

子どもの宝箱みたいな日々だな、と思う。
海に磨かれた綺麗なシーグラス、つるつる丸い綺麗な石、何の変哲もない石、鳥の羽、葉っぱ、どんぐり、ひからびた花びら。
綺麗なもの、そうでないもの、全部いろんなものがごったまぜ、の宝箱。

それとも数年、数十年経って思い返すとき、
今日みたいにため息をついた瞬間のことはすっかり抜け落ちて、うれしかった、楽しかった記憶ばっかりの宝石みたいなキラキラした日々だったと懐かしむのだろうか。

そんなことに思いを巡らせていると、
「へあ〜」
と小さな声がした。
もう起きたのかな、と覗き込めばまだ瞼を閉じていた。どうやら寝言だったようだ。

娘ちゃんは最近よく声を出すようになった。
早くお喋りして欲しいとは思うものの、「あぅー」「くぅー」「ふぇー」といったクーイングと呼ばれる可愛いらしい声をまだまだ聞いていたい。

わたしの腕にちんまり収まるサイズの娘ちゃん。やっぱり、まだすぐには大きくならないで欲しい。


#生後2か月

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