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他人を疑うな:「謎の香りはパン屋から」土屋うさぎ
外装と触れ込みに似つかわない、なんだかじっとりとした主人公の話で仰天。
ただ、触れ込み通りパンは食べたくなった。そこは間違いない。
なんか、最初の章からずっとそうなんですけど、ミステリー(謎)の起こりが「他人を疑う」ところから始まっていて気分が悪い。その謎を解明したとして何??
今回の話は「日常ミステリー」とされてはいるが、それ故にそもそも解明が必須ではない。もしくは解明したとしてそれを「謎解明しましたよ」と相手側に伝える必要がないものばかりだ。なぜならば相手の行動に勝手に疑惑をふっかけて、相手が隠した裏側を推測して「こうだったんですよね?」と答え合わせをしているだけなのだから。相手の事情を察することができるのならば、気づいても黙っているという判断ができないものか。余計なお世話がすぎる。
ただフランスパンの切れ込み入れをミスっただけで「切れ込みが自分の腕のリストカットに見えちゃったんですよね?あとVtuberやってますよね?」と言ってくる。口論した後に。頭おかしいんじゃないのか。
もし私が言われたら、胸ぐら掴んで「殺すぞ」と言う。こういう奴がいると気分が悪い。
直近のミステリー傑作である『爆弾』も『方舟』も、有栖川シリーズもなにもかも、ミステリーの解明は義務だった。真相究明が物事を明るい方向に導く。人が死ぬ事件ならば尚更のこと。謎を解明すれば爆弾の爆発は防げるし、密室脱出の為の妥当な生贄を一人選べる。
しかしこの本の場合は違う。友人が自分との約束をドタキャンした理由を考えたり、同僚がフランスパンの切れ込み入れをミスした理由を考えて答え合わせをする必要があるのか。相手にはそのように行動した理由があるのだから、黙ってスルーしてあげる方がより良い結末に至った可能性も十分ある。主人公の自己中心的な探偵マインドが、文字通りの「余計なお世話」で鬱陶しい。
事実として、作中でもその推理ショーを目の前で展開された者は半ギレの口調で返答している。黙っていろ。向こうが精神的に大人だったから殺し合いに発展しないだけで、そのポテンシャルがあるほどにムカつく。この半ギレターンに加えて、推理が偶々合っていた感もあり解決パートも爽快感がない。全員の間に微量なギスギス感を残しながらも、それでも物語は続く…的な嫌さがある。
疑問を持つタイミングもおかしい。
フランスパンの切れ込みの話を例にすると、主人公が同僚に疑惑の視線を向けるタイミングが、それまでの物事と矛盾することが起こったタイミングではなくパンの切れ込み入れをミスった直後に「どうしてミスしたのか」からミステリーが始まる。偶々ミスすることぐらいあるだろうが。
つまり、主人公が疑惑の視線を向けた先に隠された真相がたまたまあるから成り立っているわけで、ただ単にパンの切れ込みをミスしただけだったら本当にどうするのだろうか。この主人公は常に他人を疑ってかかるタイプなのだろうが、疑問を持つタイミングが一拍早い。生きるのが大変そうだ。
前提が揃っていないというか、「謎」と「偶然」両方の可能性がある段階で、主人公が勝手に「謎」に傾倒して疑惑をふっかけて、ミステリーに仕立て上げているだけではないのか。ミステリーをやろうとしている感が強くて、しんどい。
こう思うと、主人公の日常生活が心配になる。
何気ない出来事に対しても同様に疑いを起こす、勝手にご苦労タイプの正真正銘の嫌な奴なのではないのか。
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