葉室麟『恋しぐれ』ー蕪村とその周辺ー
葉室麟さんの連作短篇集『恋しぐれ』を読みました。この連作集は、俳諧師ならびに画家としても有名な与謝蕪村とその周辺の人たちを、すこしずつずらせて主人公(あるいは視点人物)にすることで構成されています。
まず、一作目『夜半亭有情』は、六十七歳の蕪村その人が主人公で、彼の過去に纏わる物語が描かれます。
二作目の『春しぐれ』は蕪村の娘くのの結婚譚、祝言の日に嫁ぐ娘に贈った「むくつけき僕(しもべ)倶(ぐ)したる梅見かな」が美しく心に残ります。
三作目『隠れ鬼』は、武家出身の今田文左衛門が紆余曲折の人生を経て、夜半亭門下大魯(たいろ)に変貌するまでの物語です。結末で、夜半亭蕪村が発する言葉が、タイトルと鮮やかに呼応した佳品です。
四作目の『月渓(げつけい)の恋』は、夜半亭門下で唯一住み込みを許された松村月渓の恋愛を描いていますが、葉室節炸裂ともいうべき哀しくも美しいお話です。ちなみに、今回始めて知ったのですが、月渓は号を呉春(ごしゅん)と改め、蕪村没後、応挙の弟子になり絵師として大成し、四条派の開祖となったとのことです。我が身の不勉強に恥じ入ります。
五作目の『雛灯(ひなあか)り』は建部綾足(たけべあやたり)の『西山物語』に纏わる物語ですが、この作品では上田秋成がなかなかのバイプレーヤーぶり(偏屈ぶり)を発揮します。ちなみに、秋成の『春雨物語』に収められた『死首(しにくび)の咲顔(えがお)』は、『西山物語』と同じ題材を扱っていますが、それは大昔に文学史の時間で教わったような記憶があるようなないような・・・。
六作目『牡丹散る』は円山応挙が主人公で、彼の老いらくの恋を描くにしては、あまりに儚くも切ない秀作と彷蜃斎は愚考します。この作品の最後が、あの「牡丹散(ちり)て打かさなりぬ二三片」で締めくくられるのはいうまでもありません。
最後の七作目『梅の影』はいきなり与謝蕪村の死で始まります。が、物語は予想外の展開を見せます。それまでの六作品に登場した様々な人々のその後を描きつつ(それはまさに伏線の回収といっても過言ではなく)、蕪村の辞世「白梅にあくる夜ばかりとなりにけり」と月渓改め呉春の「白梅図屏風」にものの見事に収斂していきます。短篇『梅の影』一作だけではなく、同時に連作集全体の大団円としても機能しているという溜息しか出ない葉室麟さんならではの腕の冴えというべきでしょうか!