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動的平衡ー福岡伸一著「もう牛を食べても安心か」の衝撃ー(2)

 彷蜃斎です。福岡伸一さんの「もう牛を食べても安心か」は、多岐に渡って示唆的ですので、続篇です。
 さて、今回は「プリオン」が狂牛病の病原体かどうかという議論を一旦棚上げして、どのようにして発生し広がったのかという点について、述べていこうと思います。

 もともと、羊にだけ見られたスクレイパー病原体が、なぜ、種の壁を越えて牛にまで広がったのかというとそこには人間の介在があったのです。狂牛病の発生源は、イギリスだったわけですが、罹患した牛の8割近くが乳牛でしかも発症時の年齢が最も若いケースで生後20ヶ月、もっとも老齢のケースで22歳7ヶ月、要するに、生後3歳から6歳の時に集中していたという顕著な特徴があったといいます。すなわち、ある決まった時期にほぼ一斉に病原体と接触していたということを意味していたのです。
 ここである推論が成り立ちます。なぜなら、イギリスだけがいわゆる「骨肉粉」を生後間もない子牛たちに与えており、それが狂牛病発生の根本的な原因ではないかと思われるからなのです。

 新生児の免疫系の脆弱性を補うために母乳の中にある種の抗体が含まれていることは広く知られていますが、それは生物の発達プロセスにおいて、「脆弱性の窓」が存在しているためらしいのです。つまり、まだ免疫系が十分に発達する前に、害のある物質が体内に入り込んでも母乳由来の抗体が代わりに盾となって赤ん坊を守るというわけなのです。「脆弱性の窓」が開いているのは生後約6ヶ月とのことです。ちなみに、この「脆弱性の壁」はアトピーや食物アレルギーの発症にも関係しているようです。ですから、あまりに早い母乳から離乳食への切り替えは、アトピーやアレルギーの発症リスクを高めるかもしれないということのようです。

 話が少し逸れました。しかも、「骨肉粉」についての説明も不足していました。「骨肉粉」とは、イギリスはもとよりヨーロッパで従来より羊、牛、豚等の家畜から食用肉を取り去った残りの部分や屑肉を集めて、加熱・脱脂処理と乾燥粉砕を行い、再び家畜飼料としてリサイクルしていたその粉末のことを指しています。いわば、共食いを人間が家畜たちに強いていたのですね。そこに怪我や病気で死んだ動物の死体が原料として混入していたという筋書きなのです。

 しかし、イギリスだけが最初からこの「骨肉粉」を水に溶いて、母乳の代わりに生後間もない子牛たちに与えていた結果、もともと、羊の病気の元だったスクレイパー病原体が、種の壁を越えて牛に広がり、ついには人間にも害を及ぼすことになったわけです。

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彷蜃斎
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