【小説】【漫画】最近読んだアレやコレ(2020.09.28)
前回の更新から一ヶ月以上間が空きましたが、最近どうにも忙しくて本も漫画も読めていなくて……などということはなく、むしろもう三回分くらい余裕でたまっているのでこれは純粋にサボりです。『メフィスト賞から読むニンジャスレイヤー』を割と力(りき)入れて書いたんで、出力欲が満腹気味になっていたのもありますね。未読者向けガイドでありながら、抽象性の高い紹介文であり、かつ、題材がとんでもなくニッチというなかなか厳しいスタンスの記事だったのですが、自分の書いた忍殺記事の中では一番読まれているようで、大変うれしい限りです。反省点を挙げるとするなら、ゼロ年代前半の受賞作家までしかいれられず、カロリーバランスが悪くなってしまったところでしょうか。ちなみに、候補としては他にも、積木鏡介、中島望、高田大介、津村巧、京極夏彦などがいました。京極夏彦は書き終わりまでしていたのですが、まあ、第0回受賞枠を入れるのはなんか違うかなということでカットしています。
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名探偵のはらわた/白井智之
八重定、青銀堂、津ヶ山三十人殺し。昭和犯罪史を代表する七名の殺人犯が、人鬼となって現代に蘇り殺戮の限りを尽くす! 止める方法はただ一つ、奴らが取り憑いた人間を推理で導き、ぶっ殺して地獄に送り返すのだ! ……昭和犯罪史版魔界転生とでもいうべきボンクラ設定がとにかくぶっとんでおり(「八重」定だったり、「青」銀だったりしますが)、無茶苦茶クールな冒頭一文も相まって、逆噴射先生フォロワーには是非おすすめしたい絶品本格パルプ推理小説です。第一話ラスト、蘇った昭和犯罪史魔人たちが各々の固有技能を生かして人間を殺しまくるシーンのケレン味がとにかくすごく、読んでてブチ上がってしまいました。推理小説としても極めて緻密に作りこまれた傑作であり、この設定ならではのギミック、過去事件の再解釈、ドラマとリンクさせた多重推理の展開など趣向も様々。白井作品はやはり最高だぜ~!と血しぶきと脳漿を浴びながらにんまりしてしまいます。あと、本来、読者の顔面をこえだめにつっこみ後頭部をふみにじる暴力として使用されている白井ミステリの技法が、エンタメを正方向に盛り上げる方向に使用されているのはファンとしては結構な驚きでした。殴られるかと思ってびくびくしながら読んでいたら、急に優しくされたみたいな味わいがある。
オリエント急行の殺人/アガサ・クリスティー、山本やよい
ニンジャスレイヤー「ヨロシサン・エクスプレス」の副読本として再読。幼少の頃から数えれば、たぶん四度目の再読になるのでしょうか。何度読んでも驚かされるのは、そのソリッドさです。「オリエント急行」という豪華な舞台セットを用意しておきながら、その背景映像や登場人物たちの旅情にページが割かれることはほとんどなく、最短・最速で殺人事件が発生し、そしてそれ以降は事情聴取にテキストのほぼ全てが費やされます。本格推理小説としてとことん硬質的な作りをしておきながら、かたっ苦しさや、頭でっかちさを感じさせることはなく、むしろ芳醇な「余裕」すらをも漂わせているのは、古典名作恐るべしとしか言いようがありません。あまりにも有名になってしまったオチはもちろん凄いのですが、それを成立させ、おもしろく読ませるための小説としての地力が怪物じみている。ここにあるのは「謎解き」ときという推理小説の最小単位であり、ただただ純粋なパズルであり、しかし、そのパズルを解く行為の中に、読み物語としてのおもしろさを内包せることができるのだという証明でもあると思います。
姑獲鳥の夏/京極夏彦
再読。今となっては完全に機を逸してますが、読み返したのは盆休みなんで、まあ、夏なので読みたいよねというそういうアレです。私の世界認識は舞城王太郎と森博嗣と京極夏彦によってほぼほぼ形成されているので、自分の原点とでも言うべき一冊です。気安く語ることすら躊躇われる完璧な傑作であり、妖しく輝き続ける彼岸の風景は、今もなお、全く色あせることはありません。推理小説のフォーマットを扉に変えて、全く新しい世界を創りあげてみせた記念碑的な一作であり、しかもその新世界は千年前からそこにあったような強固な地盤を備えています。たとえば、私は魍魎・鉄鼠・陰摩羅鬼の三作が百鬼夜行シリーズのベストなのですが……それでも、ゼロからイチを創造せしめた本作こそが、やはり最も重要であると思います。極論、シリーズの後継作の全ては、この夏を撮影するカメラの画角を変えたものであり(改めて冒頭を読むと、この本作のオチだけでなく、先の魍魎や狂骨の話までしてしまっていることに気が付き戦慄します)、やはりこの『姑獲鳥の夏』という作品は、破格のブレイクスルーだったのだと突きつけられます。あとあれですね。夏榎木津はやはりおもしろいですね。完全にこのトリックを成立させるためだけのキャラであり、魍魎以降に適用するにはパッチをあてる必要があったのだということがうかがえる。
翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件/麻耶雄嵩
再読。夏を読んでブチ上がった盆休みの私は、もう一発記念碑をキメようとこれを読み、完全にとどめを刺された格好になります。ミステリのこと考えすぎて気が狂ってしまった人間が書くミステリであり、その向こう側では、ひねくれたマニアがにやにや薄笑いを浮かべ、死んでいる。それっぽい屋敷で、それっぽい殺人が起こり、それっぽい探偵が、それっぽい推理を繰り返す。ミステリという概念に支配されたこの世界の全ては空虚な嘲笑に満ちており、探偵たちと犯人は、代替可能な思い付きをさも真実かのようにうたい上げ、神の座をかけて延々と神経衰弱をめくり続ける。本作は、「推理小説」への愛と執着と嘲笑と憎悪の全てを、トリミングすることなくまるごと転がした代物であり、「テーマ」という一側面のみで言語化することは困難で、まさに「翼ある闇」としか言いようがない代物。しかし、それでも、あえて自分の好きなところだけを切り出すのならば、やはりメルカトル周りの展開になるでしょうか。作者のデビュー作でありながら、メルカトルシリーズを読んでいることが前提となる「シリーズ最終作」であるという作りが本当に意味がわからないですね。偏愛すべき一冊だと思います。