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アゲクノハテマデ、アトワズカ【小説】☆絵・写真から着想した話 その1

この話は、田中一村「榕樹に虎みゝづく」という絵画に着想を得て書きました。著作権保護のため「榕樹に虎みゝづく」は表示できません。是非リンク画像☟☟☟をご覧ください。((*_ _))ペコリ    

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「天野さん、トラフにウインクする機能って、入ってましたっけ?」
 星川が、モニターを凝視したまま言った。
「お、チャーミングでいいかも。って、無理だよ。あれの目は監視カメラだから、瞑(つむ)る機能を希望してもなぁ」
 隣に座る天野が、のんびりと答えた。
「いえ、そういうことじゃなくて。そちらのモニター地点を、T9(ティーナイン)に切り変えてくれませんか。確かに今、続けてウインクしたんです」
「ばかな」
 天野のモニターには、茶色がかったオレンジの球体が浮かんでいる。火星の全体画像だ。T9の場所を指定するとゆっくりと回転し、拡大してぼやけてから、急速に焦点を結んだ。赤土の砂漠に、巨大なドームが建っている。日本領土ドームである。画像は更に内部に進み、奄美大島を模した亜熱帯エリアへ。密林のガジュマルに留まるトラフを捉えてズームした。
「──いつもと同じだけど。──変わらず、だな。見間違いじゃないの」
 天野と星川は、しばらくモニターを見つめた。黄褐色に茶色の縦縞の入った腹と、大きな頭部をこちらに向けている。羽はぴったりと閉じている。立体画像でチェックしても、トラフの目はパッカリと開いたままだった。トラフが録画した直近の画像を再生してみたが、異常は無かった。
「なあ、星川くん。トラフって、もともと田中室長の家にあったミミズクの剥製だったって知ってる? AI化して火星に持って行ったそうだ。過去の生命体記憶が蘇ったんだったりして」
「非科学的なこと言わないで下さいよ」
「ウインクしたって言ったのは、君だろ。室長のひいおじいちゃんが、剥製師だったそうだ。ドームに放たれている鳥類や動物は、博物館で標本になっていたのを、室長の伝手でAI化提供したものが多いらしい」                         「今のところ、植物と、魚類、昆虫類以外は、人工生物化しないと適応しませんからね。海に似せた湖も……なんか、地球のテーマパークと変わらないような」
「いや、あと数年で完全に地球の基地として機能するよ。火星のテラフォーミング(注1)は、ここ十年で急速に進んだ。指令者たちだって、シンギュラリティ(注2)に到達したことを、一年前に認めたじゃないか。ここからは、早い」
「──問題なさそうですね。室長を呼ばなくていいですか」
「ああ。こんな夜中に呼び出したら、機嫌悪くなるしな。彼らは、夜に寝るのが自然だから。もう少し、様子を見よう」
 火星の日本領土には、この亜熱帯エリアの他に、北海道亜寒帯エリア、関東温帯気候エリアなどがある。地域特有の原生植物や生物が再現され、研究が重ねられているのだ。日本を含め、環境破壊が進んだ国々が、火星に地球遺産を築き、移住や旅行に繋げるためである。天野と星川は、亜熱帯エリア室のメンバーだ。
「あらためて見ると、奄美大島って、アートですよね。絡みうねるガジュマル。白く光るハマユウ」
「本物はもっと、だ。自然の芸術だ。海の満ち引きがあり、太陽、風、雨、潮の香り、むせるような密林の匂い」
「行ったことないくせに。それ、誰かに埋め込まれた言葉でしょ」
「君もな。とにかく、各国が領土化開拓するのは、素晴らしいことだ。原生エリアの再生、ハイテク居住空間の建設。地球の文明に、終わりは無い」
 イソヒが飛んできて、ガジュマルの根元に留まった。羽を震わせ、高く澄んだ声で囀(さえず)る。イソヒヨドリという可愛らしい鳥のAIだ。
ピーリピリョピリリ─ ピーリョ……アゲクノハテマデ、アトワズカ。
「天野さん、聞きました? イソヒが、妙な鳴き方を」
「う。なんだ、今の」
《 聴きなさい。地球は、もうじき終末を迎える 》
 イソヒの半開きの嘴から、威圧的な低音が響いた。天野と星川は、思考回路を平静に保つため、一瞬固まった。イソヒの体を使って、何者かが交信を仕掛けている。知的生命体だろうか。翻訳機を使っているのか、流暢な日本語である。天野がモニターに向かってコンタクトを開始した。
「あなたは、誰ですか」
《 私は、始まりと終わりを司るすべてである 》 
「神、ということでしょうか」
《 お前たちの概念では、理解できない存在だ。残念だが、地球を御破算にすることにした。何度やっても、同じ道をたどる。過去に自分たちの手で侵略造成し、住人を追い出した火星を、また所有しようとしている。前回は、荒らすだけ荒らして途中撤退した。火星人たちは、少しずつ回復してきたこの地が、本来の姿に戻ることを待っていたのだぞ 》
「火星のテラフォーミングは、地球初めての試みですが」
《 二回めだ。地球人は……お前たちは、歴史を重ねるごとに戦争を繰り返し、自然を破壊し、挙げ句に惑星の侵略を始める。シンギュラリティが起こった今、これ以上科学が進むことは、地球人類にとって決してプラスの未来にはならない。進化は、退化と背中合わせだ 》
「何を言っているのか……。あの、火星人さんですか」
《 彼らは、お前たちなどの知らぬ太陽系外惑星で、支え合って仮住まいしている。地球人のように、自分の国しか考えていない生物とは雲泥の差だ。科学を間違った方向には使わない 》
「あの……室長を呼んだほうが」
 星川が天野に囁いたが、天野は無視して続けた。
「何様だか知りませんが、地球は誕生してから四十六億年ですよ。ここまでの壮大な歴史は、かなり詳しく解明されています」
《 ふっ。たったの四十六億年だ。それに、お前たちの住んでいる地球は、四回目のバックアップコピーだ 》
「えっ?」
《 爆発消滅させる前にバックアップをとり、ホモ・サピエンス登場までのコピーを太陽系に戻している。ごく最近までの地球から再スタートだ。毎回進化の誤差は出るが、結局地球人は同じ過ちを繰り返す。それでも私は諦めない。今度こそ── 》                        「ちょっと、待ってくれ。こんなに高度な文明を。築き上げたものを。無にしようというのか。人類の大功を」
《 そういうお前たちは、AIじゃないか。やたら人間味を盛り込んでプログラミングされた 》
 ガコッ。
イソヒが、横倒しに崩れた。星川が、イソヒを強制終了したのだ。
《 無駄なことをするな 》
 トラフの目が、オレンジ色に光った。
《 人間たちには知らせずに、いきなり地球を爆発させる。何が起こったかわからぬまま、短時間で処理してやる。私は慈悲深いんだ。巻き添えを食う他の生物には、申しわけないが 》
「五回目の、バックアップは……」
 天野の声から、感情は消えていた。
《 もう、済ませたよ 》
 トラフが、ゆっくりとウインクした。

 叫ぶように響く緊急コールに起こされ、田中室長は走った。亜熱帯エリア室のドアを虹彩認証するのももどかしく、中に入る。
「おいっ、どうした!」
 監視員AIの、天野と星川がモニターの前で突っ伏している。
「おいっ!! ──システムダウンしている。誰がこんな……」
 ふたりの前のモニターには、同じT9地点の画像が映っている。ガジュマルの気根に絡みとられるように、トラフとイソヒが落ちていた。と、いきなり両画面が暗くなった。息を呑む間もなく、各地点を捉えた横並びのモニターが、そこからドミノのようにシャットダウンしていく。
《 アゲクノハテマデ、アトワズカ 》
 巨大な存在の視線を感じ、仰向いた直後、彼の視界は、赤く染まった。

                          了

                                       
※注1 人為的な、惑星地球化改造。

※注2 AIが人間の脳を超える技術的特異点。 

「公開時ペンネーム かがわとわ」





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