立命館を蹴って、東大を目指した話⑪(転換期編 第一章)
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第一章
1.不穏
新しいバイト先。一品の値段は、王将の約3倍。世間一般的に考えると、文句なしの高級中華料理店だ。
「また中華かよ! どんだけ中華好きやねん!」
そんな声が、どこからか飛んでくる気がする。いや、これも何かの縁なのかもしれない。
ホールは、男性4人(うち1人は店長)、女性13人。キッチンは7人で、うち1人がアルバイトの女の子。僕と友達はホールで入ったので、男性は全部で6人になった。
「○○です! よろしくお願いします!」
ホールのグループに入って挨拶するも、誰からも返信がない。今までのバイト先では、全員とまではいかなくても誰かしらは反応してくれていたし、それが普通だと思っていた。
普通に名乗っただけやのに、なんでやろ……? もしかしたら、この職場はあんまり仲良くないんかな……?
そう思いつつも、気にしないことにした。
8月1日。初出勤。LINEでは誰も反応してくれなかったが、いざ会ってみると、みんな普通に挨拶してくれた。人間関係が死んでる職場だと思っていたので安心した。
めちゃくちゃ暇だったので、接客の仕方、休憩の取り方、トレンチの持ち方、どんなメニューがあるかなど、店長から色々教えてもらった。店長は20代後半、清潔感のある顔立ちで、エリート会社員のような雰囲気を纏っている。いわゆる、イケメンってやつだ。
後から聞いた話によると、どうやら店長はフリーターを喉から手が出るほど欲しがっていたらしく、面接の時にめちゃくちゃ食いついてきた。大学4年生の友達と2人で一緒に面接に行ったのだが、すでに就職が決まっていた彼に対しては一瞥する程度で、僕の目ばかり見ながら話を進めた。あまりにも露骨な態度の差に少し驚いたが、向こうからしてみれば、もしかしたら何年も働くことになるかもしれない自分は、貴重な存在だったのかもしれない。そんな態度をとられたので、やはり僕の友達は店長のことをあまりよく思っていなかった。
「ねぇねぇ、○○君! いつ正社員になるの?」「今度、バイトの子何人か連れて一緒に飲みに行こうよ!」
どうやら、僕は気に入られたらしい。やたら褒められるし、ボディタッチも激しい。差し入れでケーキを貰うこともあった。
「シフトの人数は気にしなくていいからね!」
おかげでバイト側からすると、かなり働きやすかった。
高身長イケメンで優しいし、女の子ばっかりのこの職場ではモテモテなんやろな〜
そう思っていた。だが、入ってから10日ほど経ったある日のこと。徐々に、この店の全貌が明らかになる。
2.卒遽
店長からLINEが来た。
精神的苦痛により、退職することになったらしい。僕がこの店に入ってから、わずか半月のことだった。仮にも店長が辞めるというのに、自分と友達以外から心配の声は上がらない。この時点で、だいぶ違和感を覚えていた。そういえば以前、「グループで話しても、誰からも反応がないの結構辛いんだよね……」って苦笑いしながら言ってたっけ。
もしかしたら、店長ってみんなからあんまり好かれてないんかな……。
そんな考えが頭を過った時、あの言葉を思い出した。これは、バイトの子から直接聞いた話。
「店長、普段は優しいけど、忙しくなったら機嫌悪くなるで。だから、俺はあんまり好きじゃない」
8月は、比較的暇なディナータイムにしかシフトを入れていなかったので、まだこの時点ではラッシュを経験したことがなかった。実際にその場面を見たわけではないので何とも言えないが、もし仮にこの話が本当なら、あまり慕われていないのにも納得がいく。
また、料理長に怒鳴られているのを見かけたことがあった。料理長。キッチンで一番偉いポジション。40代。標準語を話す。いちいち高圧的な口調が鼻につく男。何のことで怒られているのかまではわからなかったが、店長の表情に翳りが差しているように見えた。
そして、8月15日。店長は僕に向かって、こう言った。
「1ヶ月休職って言ったけど、もう戻らないと思っておいて……」
憔悴しきった彼の顔を見ると、とても引き止めることはできなかった。
3.闊達
8月17日から店長の代わりとして、Aさんがホールの代表者となった。Aさんは、愉快で優しい人だった。歳は僕の親とほとんど変わらないが、会うといつも「わ〜! 今日は○○と一緒に働けるから嬉しいわ〜!」というように、"いい意味で"子どもみたいな反応をしてくれる。暇なときは積極的に話しかけてくれたので、すぐに仲良くなった。
店長は辞めちゃったけど、代わりにAさんが週5で来てくれるようになったし、まぁええか!
楽しかった。また、一緒に入った友達とほとんどシフトが被っていたので、暇な日は喋り放題。それでも時給は発生するんだから、おいしいもんだ。
この時はまだ、王将と掛け持ちしていた。ここで冷静になって考えてみる。
時給も1100円やし、よっぽど忙しい日じゃない限り、雑談してるだけでお金が貰える。あんな治安の悪い所で、毎日理不尽にキレられながら働く意味ないんじゃね?
王将を辞めるのに、そう時間はかからなかった。そして、8月23日。僕は王将から去った。
4.料簡
9月1日。再び、店の代表者が変わった。というのも、Aさんは元々他店舗の従業員で、代表者が見つかるまでの間、"仮で"やってくれていたからだ。こっちに来る頻度は週5から週1.2日に減った。
新たにBさんが代表者になってから、シフトの人数が削られ始めた。原則として、平日の夜は代表者を除いて2人、土日祝日の夜は4人になった。
ここに入ったばかりの頃、なんでみんなこんな他人行儀なんやろ? と思っていたが、ここにきてようやく理由がわかった。
シフトが全然被らないから、物理的に仲良くなりづらい。
確信はないが、たぶん合ってる。
初め、僕は男女問わず全員に積極的に話しかけていた。みんなと仲良くなりたかった。いや、というより、職場の重い空気を変えたかった。だから、9月も週5で入ったし、できるだけ色んな人と被るようにした。結果、入ってから1ヶ月で全員と顔を合わせることができた。
また、少しでも和気藹々とした職場になってほしかったので、旅行のお土産を買っていったこともあった。
それからも、グループで新しい子が「○○です! よろしくお願いします!」と言うたびに、僕ひとりだけは必ず何かしらのリアクションをした。
「○○さん、新人やのに出しゃばりすぎじゃない?」
もしかしたら、陰でそんなことを言われていたかもしれない。だが、それでも僕は挨拶をし続けた。
新しく入ってくる子たちに、暗い職場だと思われたくない。
ただ、その一心で。