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短編小説「しりとり」


彼女としりとりを開始してもう8時間が経つ。

まさか彼女と付き合って2ヶ月。キスをするよりも前にしりとりを8時間するとは思わなかったし何より彼女も思っていなかっただろう。

けど何故ここまで楽しくもないしりとりを続けているのか。
それは彼女との勝負。いや正直言って勝敗はどうだっていい、
ただ負けたら勝者が欲しいものをプレゼントしなくてはいけないと言うルールのもとしりとりを始めたからだ。

僕はこの勝負に勝って彼女と初めてのキスがしたい。
『普通にキスがしたい!』って言えばいいじゃないかだって??
馬鹿も休み休み言ってくれ。
言わずもがな僕は童貞だ。
そんなリスキーな発言は口が裂けても言えない
そのくらい僕の童貞の拗らせ方は常軌を逸してるんだ。
だからこの勝負は絶対に負けることができない。

すると彼女は続けざまに
「デディエ・ドログバ!」や「ヤヤ・トゥーレ!」とアフリカのサッカー選手責めを巧みにこなして来る。その時僕は「まだ責め方で遊べるくらい語彙的にも精神的にも余裕があるんだ」と思ったが伝えず自分の心に押し込んだ。

そしてここにきて僕は初めて彼女がサッカー好きだということを知り、嬉しい気持ちになったのだが僕は口を噤いで「れ」から始まる単語を模索するよう、必死に自分の脳内に圧をかける。

「れ、れ、レインボーロード」
と小学校3年生さながらの返答。誰か僕に緑甲羅を投げて下さい。

すると彼女は間髪入れずに「ドイカー島」とアフリカの離島でカウンター
ちなみにドイカー島は野生のオットセイが生息しているんだって。

このまま続けても僕に勝ち目はないだろう。
と悟った僕は涙目で呟いた。

「………ウラガンキン」

これで僕の負けは確定である。正直8時間の
しりとりがここまで辛いとは思わなかった。
キスのチャンスをみすみす捨てるのは惜しいが仕方がない。このまま続けていても時間を無駄にするだけだ。今回ばっかしは彼女の語彙力を知れたことを成果に手を打とう。


すると彼女は少しの時間を置いて
「ンジャメナ」
としりとり界隈の中ではあまりにも化け物じみたチャドの首都を真顔で吐き出した。

なるほど。負けさせてくれることもできないのか。まるで手塚ゾーンじゃないか
自分で死ぬことすら許されない。生きるも死ぬも私が決める。と言わんばかりの返答である。

僕は
「ナン」
としりとり界隈で言うところの死にたがり発言
しりとりメンヘラは僕のことだ。と言わんばかりの返答を強気でした。

すると今度は
「ンゴロンゴロ保全地域」
とタンザニアの世界遺産を即答

いや待て待て、彼女はこの状態でもなおアフリカ縛りを辞めていないじゃないか、まだ余裕があるのか?と疑問を持つと同時に僕は人生で初めてしりとりを仕掛けた相手をミスった。と痛感した。

僕は濁った涙をアフリカにのヴィクトリアの滝の如く流しながら。
「もう、もう辞めたい、辞めたいです。金」

と情けない切腹プレイ

すると彼女は左の口角を少し上げて
「ンコシ・ジョンソン」
と言い放ち僕の頬にキスをした。

突然のことで僕の頭の中は南アフリカでHIVを多くの国民に認識させた立役者でもある南アフリカの英雄ンコシ・ジョンソンのことでいっぱいだった。

彼女は
「負けちゃったぁ」
と言いはにかんだ笑顔で僕の顔を見る。

彼女は全てお見通しだったってことか、
僕は頭の中がぐちゃぐちゃだったからか
「うん、そうね」
と言ったがその先の返答は出来なかった。


僕は気の使えてアフリカに対しての知見が優れた彼女がとても大好きだ。
このしりとりが終わったあとナイロビに旅行しに行く約束もしたし僕は幸せなのかもしれない。

ただあれから2年経つ今も彼女とキスをすると頭の片隅にンコシ・ジョンソンが出てくることは未だに言えない

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