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【感想】ラブカは静かに弓を持つ(ネタバレあり)

※話の内容に関わるネタバレ含みます。

最後に新刊で文芸書を買ったのがいつだったか、思い出せないぐらいひさしぶりに購入。

とあるコミュニティで紹介された本作が気になり、地元でやっていたPayPay 25%ポイント還元キャンペーンに便乗して手に取った。

紙面では再現ができない、音楽がストーリーの軸になる話に弱い。マンガでも、小説でも気になるし、人が勧めるならなおさら。

本作自体は、第一楽章、第二楽章、エピローグの3部構成。でも中身はもっと細かくエピソードが分かれており、重厚な物語になっている。

ストーリーを端的に説明するならー

著作権管理団体に属する主人公が街の音楽教室で実演されている楽曲の演奏権の使用実態を調査するために、業務命令で生徒として潜入し、身分を偽りながらチェロのレッスンを受ける。

少年期に遭遇した事件をきっかけに人との交流が薄った主人公。トラウマを抱えながらひとりの世界にうずもれていた青年が、恩師となるチェロ講師や他生徒との交流を通して起きた変化とは。また潜入捜査の結末はー。


手に取った「ラブカ」の表紙の第一印象は、暗く、重い雰囲気がある。

ストーリーは実話を元にした題材がベース。すこし関心を持っていた人ならすぐに、ああ、あの件か、と最初の数行で気づくとおもう。

「潜入」とか「調査」からスパイを連想するだろう。実際、スパイアクションの映画さながら、緊張感の走る場面がいくつか用意されている。文字どおり、冷や汗にぎる、ヒヤヒヤした箇所がいくつかあった。

しかし、私が思う本作の主題はそれとはちょっとちがう。

この作品には自己肯定感や自己矛盾が根底にあるとおもう。

ここでいう自己肯定感とは、「自分の行いや振る舞いに判別がついて、その理由を自分なりに納得のいく形に昇華すること」のように思っている。

別の言い方をすると、「自分に言い訳をしてきた人生から決別するその第一歩」と言えるかもしれない。ネガティブな単語を選ぶなら自己矛盾との向き合い方にも読める。
あくまで自分なりの解釈である。

本作を通して読んだあと、登場した人物像を思い浮かべてみると、その関係性を自己肯定感で見比べることができる。

たとえば、主人公である橘樹は察しのとおり自己肯定感が極めて低い。低すぎて卑屈な青年に見える。
その彼をとり巻く人物は、さまざまな自己肯定感をまといながら、与えられた個性を発揮してくる。

主なキャラクターの相関関係図をあたまの中で描いてみると、本作を通して橘樹の対になるのは青柳かすみなのではないかと思う。

自然にしていれば人目を引く容姿、途中で何かを悟ったように面倒なことは避けるようにいろんなことをあきらめ、その事実を直視しないようにしてきた樹、27歳。男女の関係には鈍い。

夢を追うことを恐れず、地道にコツコツ努力をつづけ、人と(樹と)精いっぱい距離を縮めようと試みる大学生のかすみ。
大学生の自分と社会人の樹の間にある年の差以上の見えない距離感を押し測っていたのも特徴的だろう。

一方、三船はチェロを習う生徒ではなく勤め人としての樹の対だった。樹と同じような潜入捜査をしながら向き合い方や受け止め方は真反対でありながら自己矛盾に葛藤する姿も見せつつ、結局割り切った点は樹とは明らかに異なる。

印象的なフレーズは「座標がずれる感じ」

音楽がテーマなだけあって、その演奏シーンの描写や楽曲の説明する表現はかなり工夫が練られている。

座標がずれるという言い方は普段の生活では言わないけど、たしかに言葉にならない違和感をおぼえたとき、座標がずれた感じがする。うまい言い方するなあと勝手に納得した。

それが、妙にしっくりきた。収まる場所にストンと落ち着いた心地よさ。

そう思うとこの作品自体が座標に乗ったり、ずらしたり、戻ったりを繰り返している。
そうだよね、え?なんでこの文脈でそうなるの?、ああそうなるんだ、の連続。

さいご

文体の独特な書き方が面白く感じた。カッコ書きのセリフの後に、なぜかカッコガキを外して、セリフや会話が続く。

会話と呼ぶほどでもない会話なのか、会話シーンを情景的にとらえたいからなのかな、と不思議に思った。


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