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日常

日々追われる話

思考が頭の中で止まらない。
答えのないことをずっとぐるぐると考え続けてしまう。

きちんと整理するための思考なら有意義だが、今できることでもないのに
あれをやらなきゃ
その次はこれを…とずっと考え続けてしまう。

寝ているとき以外は何をしていても頭の片隅にこれらが存在してしまう。
一度置いておくということができない。

その日のノルマをこなせなかった日は最悪だ。
その次、そのまたさらに次と予定が押していくやらなければとまた思考が始まる。

終わるまで続く。
しかし、終わってもまだ新たなやるべきことができる。

だが、〆切まではまだ時間がある。
焦らずやれば余裕で間に合う。そして、その〆切を作っているのは自分だ。
自分で自分を、苦しめている。

なんでそんなことをしてしまうのだろう。

コロナがやってきて仕事がなくなり始めたとき、焦りと悲しみ悔しさの他に解放感があった。
やらなきゃいけない地獄から解放されたのだ。

とても久しぶりに何も考えない自由な時間を過ごした。
いつ寝てもいつ起きても誰にも怒られない。
寝坊もしなければ遅刻もしない。
ずっと求めていた理想の生活だった。
私はクソ人間である。
24時間の枠にとらわれない生き方に誇りを持っているクソ人間である。

クソ人間はクソ人間があるがゆえに
自由すぎる生活に1週間で飽きてしまった。
何も縛りのない生活の中ではクソ人間ではいられなかったのである。
何かを表現することで人と繋がってきた人間は何もやらない考えることがないという状況に自尊心が傷ついてしまったのだ。

やることを自ら作り、やったこともない生活のルーティンを作り始めた。
自分に〆切を設け、スケジュールを組ませた。

冒頭に戻る。

結局は囲いがないと自由を満喫できなかったのだ。不良と一緒だ。
ルールは破るためにあるのであり、ルールがないことを良しとしているわけでない。

いやだいやだともがきながら頭の中で考え続けているほうがよかったのだろう。また戻ってきてしまった。
自分に甘すぎる人間は集中力の無さと戦いながら今日もやることは終わらずにYouTubeを開く。

ここからさらに追われる生活になるのだけは嫌だ。一度足を止めて落ち着いてみようか。

クソ人間に戻ろう。

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